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平成芭蕉の旅語録 徳川家康が戦勝祈願をした「神田明神」

神田明神へお参り

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神田祭で知られる縁結び・商売繁昌・除災厄除け・勝負ごとの神田神社

昭和56年、私が近畿日本ツーリストに入社した当時、本社は秋葉原に近い神田にあったので、本社を訪ねた帰りには、私はしばしば神田神社(神田明神)へ参拝していました。

江戸総鎮守「神田神社」へ参拝

私は三重県の出身で、西宮在住であったため、西宮神社(西宮えびす)と御縁のある神田明神には親しみを抱いていたのです。『神田明神』は1300年という長い歴史を持ち、私の祖先の氏神である奈良の大神神社と同じ出雲系の大己貴命を祖神として祀ったことに始まるといわれています。

すなわち、「神田」の名称は、天平2年(730)、現在の千代田区大手町にある将門塚周辺にその大己貴命を祀った出雲氏族の1人・真神田臣(まかんだおみ)に由来します。

このたび、有難いことにその神田明神で禰宜を務める岸川雅範様のご協力で、5月の神田祭の前に「神田神社を知る一日学校」という日帰りツアーを企画させていただく運びとなりました。岸川禰宜による神田神社の由緒や神田祭についてのお話の後、私が神田神社周辺の散策ナビゲーターを務め、企画はクラブツーリズム歴史チームの丹治祥子リーダーです。

『神田明神』は1300年という長い歴史を持ち、私の祖先の氏神である奈良の大神神社と同じ出雲系の大己貴命を祖神として祀ったことに始まるといわれています。

神田明神の随身門

すなわち、お祀りされているのは、一之宮:大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様)二之宮:少彦名命(スクナヒコナノミコト、えびす様)三之宮・平将門命(タイラノマサカドノミコト、まさかど様)の三柱で、ご利益は「縁結び・商売繁昌・除災厄除け・勝負ごと」などです。

徳川家康と神田明神

今年はNHK大河ドラマで『どうする家康』が始まりましたが、慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原の戦いに臨む際、徳川家康はこの神田明神に戦勝を祈願したといわれています。そして、家康は神田祭の日に見事に勝利し、天下統一を果たしたので、以降、徳川将軍家より縁起の良い祭礼として絶やすことなく執り行うよう命ぜられ、元和2年(1616)には江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座しました。

徳川家康像

以後、江戸時代を通じて「江戸総鎮守」として、幕府をはじめ江戸庶民にいたるまで篤い崇敬を受けて今日に至ります。

なぜ、家康が神田明神に戦勝祈願したのかといえば、神田明神は武将の崇敬を集めていた平将門を祀っていたからです。平将門は武士の先駆け「兵(つわもの)」であり、神田明神には祈願すれば勝負に勝つと言われる平将門命が祀られているのです。

承平5年(935年)に乱を起こして敗死した平将門の首は、京から持ち去られて神田明神の近くに葬られていましたが、14世紀初頭に疫病が流行し、これが将門の祟りとされました。

そこで時宗の遊行僧・真教上人が手厚く御霊を供養し、神田明神に奉祀、延慶2年(1309年)に相殿神とされ、今では除災厄除の神様としても信仰を集めています。

「将門の首塚」で知られる「将門塚」

怖いイメージの平将門ですが、実際は民衆を守ろうとして命を落とした人で、神田明神の本殿にはそんな平将門命が奉祀されています。

千代田区大手町には「将門の首塚」で知られる「将門塚」があり、将門公の御首が祀られていますが、お参りする時には、まず神田明神を参拝してから首塚にお詣りするのが良いと言われています。

神田明神の見どころ

神田明神の表参道は銅製の大鳥居から始まりますが、これは明神系の鳥居で円柱の上部に台輪があるため、「台輪鳥居」と呼ばれます。

神田明神の大鳥居

そして大鳥居をくぐると正面に見えてくるのが「随神門」ですが、これは朱塗りの立派な門で、中国の古代天文学に基づき北極星を中心として四方に四神が彫刻されています。四神とは東を守る「青龍」、西を守る「白虎」、南を守る「朱雀」、北を守る「玄武」で、特に青い「青龍」と赤の「朱雀」は見事な彫刻を間近でみることができます。

隋神門をくぐってすぐ左側にあるのは一之宮の大己貴命「だいこく様尊像」で、高さ6.6メートル、重さは30トンもあり、石造りの像としては日本一の大きさを誇ります。

縁結びの大黒様像

また同じ左側の「文化交流館」外側左端には、二之宮である少彦名命「えびす様」が波に乗るオブジェがあり、この神様には商売繁昌のご利益があります。

波に乗る恵比須様のオブジェ

神田明神の境内は非常に広く、社殿の周囲をぐるりと囲むように摂末社がずらりと並び、本堂の右横の道を行くと「7つの石鳥居をくぐってお参りできる」と案内があります。

出世稲荷と呼ばれる末広稲荷神社

そして奥には江戸神社や末広稲荷神社などの神社が鎮座しており、特に江戸神社は古くからこの地を守ってきた神社だということを、感じさせてくれます。7つの神社それぞれの神社に鳥居があり、都内神社の中でも境内に7つの鳥居が揃っているのは珍しいと思います。

銭形平治の碑

また、野村胡堂という作家の作品に登場し、現在も時代劇などで親しまれる銭形平治の碑も境内に建てられています。

江戸総鎮守「神田明神」の魅力は寛大さ

しかし、私が神田明神に惹かれるのは、この由緒ある歴史のみならず、現代ではポップカルチャーとも共鳴し、伝統的な神田祭においても最新の流行を取り入れて、新しい日本の祭りの在り方を創造している点です。

神社でありながら、アニメ文化の発信地である秋葉原が近いこともあり、2010年代には『ラブライブ!シリーズ』『東京レイヴンズ』といったアニメ作品の舞台となり、聖地巡礼を受けるようになっています。

すなわち、1300年以上の歴史を誇りながら、今を生きる人と街を受け入れている寛容さです。私はこの寛容さこそが、神田明神の魅力であり、これまで江戸・東京の文化を育んできた精神性ではないかと感じました。

平成芭蕉メッセージ ~「旅の質」が人生を変える

「小説が書かれ読まれるのは人生がただ一度であることへの抗議」という言葉がありますが、私にとって旅することは、一度限りの人生を最大限に楽しむための創造活動なのです。そして私は、人生を楽しむために必要な「心のときめき」は、「知恵を伴う旅」を通じて得られると考えています。

そこでこの度、私はその知恵を伴う日本遺産や世界遺産の旅を紹介しつつ、平成芭蕉独自の旅の楽しみ方とテーマ旅行に関する企画アイデアノート、さらに著者が松尾芭蕉の旅から学んだ旅行術について紹介した『平成芭蕉の旅指南 人生が変わるオススメの旅 旅の質が人生を決める』と題した本を出版しました。このブログと合わせてご一読いただければ幸です。

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って旅をしています。

平成芭蕉の旅語録

平成芭蕉は「検索すればわかる情報」より「五感を揺さぶる情報」を提供します。旅とは日常から離れ、いつもと違う風、光、臭いなど五感を通じて自分を見つめ直す機会です。そしていつもと違う人に会い、いつもと違う食事をとることで、考え方や感じ方が変わります。すなわち、いい旅をすると人も変わり、生き方も変わり、人生も変わるのです。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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