日本遺産の地を旅する~『古事記』の冒頭を飾る国生み神話の淡路島
兵庫県南部にある瀬戸内海最大の島である淡路島は、夏の鱧(はも)をはじめとする旬の食材が楽しめる「御食国(みけつくに)」であり、「鳴門のうず潮」や明石海峡大橋を一望できる岩屋温泉、安藤忠雄氏設計のリゾート施設「淡路夢舞台」などの見所の多い観光の島でもあります。
しかし、この淡路島は『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」で最初に誕生する特別な島であり、古代国家形成期の海女(あま)の歴史の舞台にもなっているのです。
そのため、平成28年には〔『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」~古代国家を支えた海女の営み~〕というストーリーが日本遺産に登録されました。
すなわち、淡路島は日本で初めて生まれた島であり、海女(あま)という淡路の民族が古代国家をささえていたという物語が軸となり、「絵島」や「五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡」、「伊弉諾神宮」などが日本遺産の主な構成文化財となっています。
『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」では、伊弉諾尊・伊弉冉尊の二柱の神様が、混沌とした大地を天沼矛(あめのぬぼこ)で「コオロコオロ」とかき回すと、矛先から滴り落ちた塩の雫が固まって「おのころ島」ができたと記されています。
そして、おのころ島で夫婦となった伊弉諾尊・伊弉冉尊は、日本列島の島を次々と生んでいきますが、その中で最初に生まれた島が淡路島で、島内の岩屋漁港そばにある「絵島」は、日本誕生の「おのころロ島」に比肩されているのです。
落ちた塩の雫からおのころ島が生まれた描写は、「海人(あま)」が生業とした塩づくりの様子に重なり、沼矛でかき回すことによって下界が渦巻くさまを記した場面は、海人が活躍した鳴門海峡の渦潮を連想させてくれます。
また、国生み神話ゆかりの「えびす舞」を起源とする淡路人形浄瑠璃も地元の淡路人形座によって大切に伝承されています。
古代国家を支えた淡路島の海女の営み
そこで、今回は国生みの島の日本遺産ストーリーの学習と「御食国」で旬の生しらす丼を食する目的で淡路島を訪ねました。
御食国とは古代に朝廷へ海産物を中心とした贄(にえ)と呼ばれる食材を献上していた国を指し、淡路のほかに若狭と志摩の三つの国がありました。
淡路はその中でも豊かな海と肥沃な土地に加えて、塩が作れたことや操船技術に長けた海女によってしっかりとした海路が確保されていたことから、特に重要な御食国とされていました。
文献調査によると海人(あま)は日本人の原点とされ、塩を作るだけでなく、火を操って炭を作り、そこから鉄を作る高度な技術をもった民族でした。
淡路島の西側海岸線から三キロの丘陵地にある五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡は、その鉄器製造施設跡であり、弥生時代後期(およそ1800~1900年前)の遺跡です。
施設は23棟から成っており、その中の12棟から鉄を加工した炉跡の遺構が確認され、鉄を加工するための石製工具も数多く出土しています。
これまで発見された弥生時代の鉄器製造遺跡としては、最大規模ですが、住居は少なく、鉄器製作に特化した特異な遺跡である事が分かっています。
五斗長垣内遺跡はのどかな丘陵地帯にあり、隣村の生田は淡路島の棚田地区で美しい田園風景が広がっています。
私にとってはこのような鉄器製造村がどうして丘陵地帯にあるのかが不思議で、その謎が解明されれば淡路島の歴史的な重要性がわかるかもしれません。
また、彼らは操船に長けていたため天文学にも強く、方角を確実に読み取ることができ、伊勢神宮をはじめとして離れたところに伊弉諾神宮と所縁のある社を建てており、伊弉諾尊は海女族の頭領とも言われています。
伊弉諾大神と伊弉諾神宮
実際に伊弉諾大神を祀る伊弉諾神宮は日本の有名神社の中心に位置しています。
つまり、伊弉諾神宮から見て真東に伊勢神宮と古事記編纂時に都であった飛鳥藤原京があり、真西には対馬の海神(わたつみ)神社があるのです。
これを天文学的に太陽の軌道という観点からみると
夏至には信濃の諏訪大社から日が昇り、出雲大社に沈む
冬至には熊野那智大社から日が昇り、高千穂神社に沈む
春分・秋分は伊勢神宮から日が昇り、対馬の海神(わたつみ)神社に沈む
という計算された太陽の軌道上に伊弉諾神宮が建っているのです。
伊弉諾神宮の由緒書きには、「国産みと神産みを終えた伊弉諾尊が、御子神の天照大神に統合の権限を委ね、自らは最初に産んだ淡路島多賀の地に幽宮(かくりのみや)を構えて鎮まられた神宅跡が起源」と書かれており、境内には伊勢神宮の遙拝所や由緒ある摂社や末社が合祀されています。
しかし私には、「頭髪感謝の碑」というユニークなモニュメントが印象に残っています。
頭の髪は神と同じく“カミ”と読まれるように、古代、髪には霊魂が宿るとされており、この髪に感謝しようという意味を込めて、理容・美容業界の方々が髪の毛の毛根を表す碑を建てられたそうです。
また、神前の「放生池」は、放生神事(鳥や魚を放して生命の永続を祈る行事)が行われていた場所で、今でも病気平癒のための命乞に「鯉」を放ち、快癒の感謝に「亀」を放つ信仰習慣があります。
この伊弉諾神宮の前の通りは、『神様の結うとおり』と呼ばれ、古事記に記されている35柱の神々のモニュメントが建立されており、八百万の神々に会えるパワースポット巡りができる通りです。
そして、「淡路」は、あなた(あ)とわたし(わ)を結ぶ道(じ)でもあります。
私は淡路島名物の「生しらす丼」を食べながら、長く続いた御食国の歴史は今なおこの島に息づき、古代の海人文化も随所に残っていることを感じました。
『古事記』の冒頭を飾る「国生みの島・淡路」~古代国家を支えた海人の営み~
所在自治体〔兵庫県:淡路市、洲本市、南あわじ市〕
わが国最古の歴史書『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」。
この壮大な天地創造の神話の中で最初に誕生する“特別な島”が淡路島である。
その背景には、新たな時代の幕開けを告げる金属器文化をもたらし、後に塩づくりや巧みな航海術で畿内の王権や都の暮らしを支えた” 海人(あ ま)” と呼ばれる海の民の存在があった。
畿内の前面に浮かぶ瀬戸内最大の島は、古代国家形成期の中枢を支えた“海人”の歴史を今に伝える島である。
一般社団法人日本遺産普及協会と日本遺産検定
私は2023年、「日本遺産ストーリー」を通じて地域の魅力を国内外に発信する目的で、有志とともに一般社団法人日本遺産普及協会を立ち上げました。そして、協会では日本遺産ブランドの普及と日本各地の文化や伝統の普及・活用に資する目的で日本遺産検定を実施しています。
本検定は3級・2級・1級に分かれ、まずは3級(ベーシック)が開始されていますので、「日本遺産」をはじめ「日本文化」「日本史」「地域振興」に関心のある方は、下記の『日本遺産検定3級公式テキスト』(黒田尚嗣編著・一般社団法人日本遺産普及協会監修)を参考に受験していただければ幸です。お問合せ先・お申し込み先:一般社団法人日本遺産普及協会
平成芭蕉メッセージ ~「旅の質」が人生を変える
「小説が書かれ読まれるのは人生がただ一度であることへの抗議」という言葉がありますが、私にとって旅することは、一度限りの人生を最大限に楽しむための創造活動なのです。そして私は、人生を楽しむために必要な「心のときめき」は、「知恵を伴う旅」を通じて得られると考えています。
そこでこの度、私はその知恵を伴う日本遺産や世界遺産の旅を紹介しつつ、平成芭蕉独自の旅の楽しみ方とテーマ旅行に関する企画アイデアノート、さらに著者が松尾芭蕉の旅から学んだ旅行術について紹介した『平成芭蕉の旅指南 人生が変わるオススメの旅 旅の質が人生を決める』と題した本を出版しました。このブログと合わせてご一読いただければ幸です。
私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。
この「平成芭蕉の日本遺産」は、単なる日本遺産登録地の紹介や旅情報の提供ではなく、「平成芭蕉」を自称する私が、実際に現地を訪れて、地元の人と交流し、私が感じたことや認定されたストーリー対する私自身の所見を述べた記録です。