日本遺産 国境の島~古代からの架け橋「神々の島、壱岐」
古事記の国生み神話に登場する壱岐島
長崎県の壱岐島は、古事記の国生み神話で大八島と言われる日本の国土を生んだ伊邪那岐神・伊邪那美神が5番目に造った島とされ、そこに光の柱が降臨したのでまたの名を「天比登都柱(アメヒトツバシラ)」とも呼ばれています。
神道においては「柱」は神様が宿るものとして信仰され、天地を結ぶ交通路とも考えられているので、古代の世界観では「壱岐からは天上の世界へいくことができる」という観念があったと推測されます。
壱岐のパワースポット
今回は吉野理(ただし)宮司に境内をご案内いただきましたが、奉納された多くの石猿や鬱蒼とした参道にはパワーを感じました。
また神社脇の展望台からは、この男嶽神社と対をなす女嶽(めんだけ)神社を見渡すことができ、女嶽神社にある巣食石というご神石がこの男嶽神社を呼んでいるようでした。
壱岐国一之宮の天手長男神社も天手長比賣神社と対をなしていますが、こちらは年に一度、天手長男神社の男神と天手長比賣神社の女神が逢瀬を楽しんでいたという民話「天の川」も残っています。
天手長比賣神社は現在、天手長男神社に合祀されており、また、入り口の鳥居の扁額に記載された宝満神社も天手長男神社と共に鎮座されています。
壱岐にはこのように男女が対になった神社が多いのですが、日本書紀に記された月神の分霊で神道発祥の地とされる月讀神社や日本のモンサンミッシェルを思わせる小島神社では宇宙のエネルギーに近いものを感じました。
玄界灘の宝石箱 辰の島の「海の宮殿」
遊覧船の発着する勝本は神宮皇后ゆかりの港町で、三韓出兵のための順風を「風本」と命名するも、帰路に立ち寄った際にはその出兵の勝利を祝って「勝本」に改名したと伝わっています。
外海は波が高く、蛇ケ谷には行けませんでしたが、オオカミ岩や目的とした「海の宮殿」を間近に見ることができ、さらに船長の計らいで辰の島に上陸できたのはラッキーでした。
クロアチアも国土に対してキリスト教会が多かったのですが、この壱岐島も面積に比して神社が多いのはやはり国境の島だからだと思います。
クロアチアはイスラムの防波堤でしたが、この壱岐島においては壱岐の島人が、大陸からの外敵より日本人の魂を守るために多くの祠をつくって神様を祀ってきたのではないでしょうか。
実際に辰の島の「海の宮殿」を訪ねると、自然のもつ偉大な力を感じ、森羅万象すべてに神が宿っているように感じました。
日本遺産の「国境の島 壱岐島」と世界遺産の「沖の島」
この壱岐島は「国境の島」として日本遺産に認定されていますが、世界遺産に登録された「沖の島」同様に神々しい島で、沖の島は一般には訪れることはできませんが、壱岐島は多くの神々が温かく迎えてくれます。
私はこの悠久の時空を超えた壱岐の島旅で時差ボケ解消できただけでなく、大いなる元気をもらった気がします。
改めて今回ご一緒していただいた壱岐市観光連盟のお二方に感謝の意を表したいと思います。
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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。
平成芭蕉は「検索すればわかる情報」より「五感を揺さぶる情報」を提供します。旅とは日常から離れ、いつもと違う風、光、臭いなど五感を通じて自分を見つめ直す機会です。そしていつもと違う人に会い、いつもと違う食事をとることで、考え方や感じ方が変わります。すなわち、いい旅をすると人も変わり、生き方も変わり、人生も変わるのです。