あの世を感じる長崎県の国境の島
地蔵菩薩はあの世への導き手であると同時に、旅の道中を見守ってくれる道祖神でもあります。私が若い頃に、散々旅をした三重県の旧街道沿いには多くのお地蔵さんがいらっしゃいました。
私は旅を住処としてきましたので、見るべきものは見て、聞くべきことは聞いたつもりでした。そこで先日、帰省した際、伊勢本街道沿いの道祖神に「お陰様で歳をとってからもこうして元気に旅することができ、もう行っていないところはあの世くらいです」と疫病退散の祈願と共に感謝の気持ちを伝えると、お地蔵さんはまだ「あの世の下見」はしていないだろう?と聞いてきたように感じました。
そこで、私は本当のあの世を訪れる前に、その空気を感じられる「あの世の下見」に行こうといろいろ考えてみました。
「あの世」すなわち霊や死後の世界という概念が歴史上、初めて登場したのは古代エジプトの『死者の書』です。
古代エジプトでは、霊魂は死後、「バー」という鳥の姿になって肉体から飛び立ち、「あの世」の楽園アアルで永遠の生を送ると考えられていました。
今日、この「あの世」という概念は、宗教的立場によって解釈が異なり、日本の神道においては海の向こうの「常世の国」と死人のいる「黄泉の国」や「根の国」、仏教においては「極楽浄土」という世界です。
日本の極楽浄土「五島列島福江島の三井楽」
そして仏教における極楽浄土は太陽の沈む西方かなたにあるとされ、「あの世」に近い場所としては長崎県五島列島福江島の最西端の「三井楽(耳楽)」の地が有名です。
平安時代の『蜻蛉日記』にも
ありとだに よそにても見む 名にし負わば われに聞かせよ みみらくの島
(耳楽の島よ、耳を楽しませてくれる島なら 何処にあるのか聞かせておくれ。
早速行って亡き母がいるならせめて遠くからでもお会いしたいものよ)
という歌が詠まれており、福江島の三井楽は、西方浄土との境で「亡き人に逢える島」「此岸と彼岸の交わる場所」とされています。
この地はまた、遣唐使船の最後の寄港地でもあり、804年、空海(弘法大師)も命を賭してこの日本最後の地を去ったことから「辞本涯」(本涯とは日本の果ての意)という碑が建っています。
よって、私の「あの世の下見」はまず、日本遺産に登録されている長崎県の「国境の島」から始めることに決めました。
そして6月20日に出版した私の令和の旅指南シリーズの最新刊『日本遺産の教科書 令和の旅指南』においてもこの「国境の島」というストーリーを紹介しました。
徒然草第52段「仁和寺にある法師」の「すこしのことにも先達はあらまほしき事なり」と書かれているように、日本遺産のようなストーリーを理解するには適切な指南書またはガイドが必要です。
そして、「あの世」の下見が終われば、やはり最後は故郷を訪ねましょう。故郷という場所は法事や同窓会などの用事がなければ、なかなか訪れる機会はありません。しかし、あえて何もない時に訪れることで、自分が育った街並みをゆっくり巡ることができ、懐かしい景色に心を打たれる瞬間があるのです。そして、もし元気な旧友や旧知の人と出会うことができれば、「あの世」へも安心して旅立てるような気がします。
日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産!
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