彩色豊かな外壁が特徴の「モルドヴァ地方の教会群」
神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が魅了された「ヴォロネツの青(ブルー)」
16世紀末に即位したハプスブルク家第6代の神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世は、敬虔なカトリック教徒でしたが、即位してすぐに現実に目覚め、カトリック信者が否定する地動説を唱えたケプラーを宮廷天文学者にするなど、文化芸術面では教養もあり、先進的で好奇心旺盛な皇帝でした。
そのルドルフ2世か強い関心を抱き、二人の錬金(れんきん)術師を派遣して調べさせたのが、「モルドヴァ地方の教会群」として世界遺産登録されているヴォロネツ修道院です。ビザンチン様式とゴシック様式が融合したヴォロネツ修道院に描かれたフレスコ画は、「ヴォロネツの青(ブルー)」と呼ばれる美しい青を基調としており、ルドルフ2世はその青色に魅了され、その青色を再現しようと破片を切り取って持ち帰り調べさせましたが、再現できず、今日でも再現できない独特の色合いでパワーを感じます。
この修道院はウクライナとの国境に近いルーマニア北東部、モルドヴァ地方のブコヴィナという山間部にあり、のどかな田園風景の中にフレスコ画で飾られた中世の修道院や教会が点在していることで知られています。
15世紀から16世紀にかけてこの地方を支配していたモルダヴィア公国は、常にイスラムの大国であったオスマン・トルコ帝国の侵略にさらされていましたが、そのイスラム勢力に屈しなかったシュテファン大公ら代々の領主が、戦争に勝利する度に、神に感謝する意味で教会を建てていったのがヴォロネツ修道院をはじめとする「モルドヴァ地方の教会群」で、それらの教会や修道院8つが世界遺産として登録されています。
「東のシスティーナ礼拝堂」と呼ばれる「ヴォロネツ修道院」
この教会群の最大の特徴は、教会の内側と外側の両壁面に描かれた色とりどりのフレスコ画で、木造の屋根の庇(ひさし)が大きく壁面から飛び出しているのは、風雨から外壁の絵を守るためだと言われています。
教会の壁画は、一般的には建物内部にのみ描かれますが、ここでは外側の壁一面にもびっしりとキリスト教の教えや聖書の物語が描かれており、建物全体を絵画が覆う姿には格別の感動を覚えます。
特にヴォロネツ修道院西側の壁一面に描かれた『最後の審判』のフレスコ画は、「東欧のシスティーナ礼拝堂」と呼ばれるほどの傑作で、色鮮やかなその壁画はまさに後世に残すべき芸術作品です。
5層に分かれたこの壁画は、「神に選ばれた者は天国の門へ、罪業の深い者や異教徒は地獄へ」という最後の審判の場面ですが、当時のモルドヴァ地方に生きた人々の感情も伺えます。すなわち天国へ運ばれる魂はモルドヴァ地方の伝統的な服装で、地獄で罰せられる魂はトルコ風のターバンを被った姿で描かれています。
緑色が特徴のスチェヴィツァ修道院の壁画『天国の階段』
ヴォロネツ修道院のみならず、モルドヴァ地方の教会壁画には、イスラム教徒のトルコ兵がキリスト教徒を襲撃する姿やトルコ兵が地獄の炎で焼かれる姿などが描かれていますが、同じブコヴィナ地方にある最大規模のスチェヴィツァ修道院の『天国の階段』と呼ばれる壁画には、より明確に描かれています。
ヴォルネツ修道院では青が基調でしたが、このスチェヴィツァ修道院は緑色に特徴があり、この壁画ではキリスト教の聖人たちが多くの天使に導かれて天国への梯子を上がっていくのに対し、梯子からこぼれ落ちる人々を地獄に引きずりこむ悪魔はイスラム教徒のイメージで描かれています。
他の修道院の壁画と同じく地獄に落ちるオスマン・トルコ軍の姿が明確に見てとれ、この地域が中世にはオスマン・トルコの脅威に晒されていたことがわかります。そこで村の人々は、どこにいても勇気と励ましを得られるよう、教会の外にまで壁画が描かれ、住民はキリストの受難と復活を自分たちの運命に合わせて、つらい時代を乗り越えようとしたのでしょう。
すなわち、このような絵が教会の外壁にまで描かれたのは、異教徒との戦争に勝った高揚感からだけでなく、教会内に入れず、また文字が読めない人々に絵画でキリスト教世界を示し、地域の人々の精神的な安定と一体感をもたらす目的があったと考えられます。
16世紀初頭にモルダヴィア公国がオスマン帝国の支配下に入るとこの種の絵は描かれなくなりました。今日では「ヨーロッパ最後の秘境」と呼ばれるのどかな土地柄ですが、この地域の歴史を垣間見ることのできる貴重な壁画だと思います。
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★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」
私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って世界遺産を旅しています
「平成芭蕉の世界遺産」はその世界遺産についての単なる解説ではなく、私が実際に現地に赴いてその土地に生きる人たちと交流した際に感じた感動の記録です。