平成芭蕉の旅語録〜日本遺産「リアル忍者」の生き様に学ぶ | 【黒田尚嗣】平成芭蕉の旅物語

令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の旅語録〜日本遺産「リアル忍者」の生き様に学ぶ

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故郷を訪ねて伊賀の「リアル忍者」の生き様に学ぶ

3月10日の誕生日を前に故郷、「黒田荘」名張(隠)と生まれ故郷の伊賀上野に行ってきました。

伊賀忍者発祥の地「黒田荘」

伊賀忍者発祥の地「黒田荘」

今回は伊賀市の忍者市駅前にあるハイトピア伊賀で日本遺産「リアル忍者」ガイド研修の講座を担当しましたが、私にとって故郷は室生犀星の「遠きにありて思ふもの」ではなく、実際に訪ねて忍者の魂を呼び起こす場所でした。

ハイピア伊賀での「リアル忍者」講演

伊賀上野城百地丹波城(百地砦)などは、私にとっては観光の城というよりも、子供の遊び場であると同時に修行の場であったように思い出されます。

伊賀衆が集まった伊賀上野城

すなわち、私は百地砦のような山城や美旗古墳群で筋力や持久力を向上させるだけでなく、運動能力を最大限に高めるための体の使い方や呼吸の仕方を追究ながら遊んでいたようです。

百地丹波の百地砦

修験道では、山に入って修行することにより、穢れを捨て、肉体と魂を浄化し、新たに生まれ変わるという「擬死再生」により並外れた能力を体得すると言われていますが、私も役行者の真似事をしていたのです。

山岳修験の飯道山

修験道とは、平安時代に日本古来の山岳信仰が仏教・神道・陰陽道などと結びついて成立した宗教ですが、日本の兵法書の成立には修験道の強い影響があったため、忍術書の中にも修験道的要素が多々見られます。

実際、戦国期には戦国大名たちは修験者を用いて戦勝を祈願し、修験者は祈祷や武力の面で戦国大名に貢献しただけでなく、山中を駆け巡り、いち早く情報を伝える忍者のような役割をも担っていたのです。

忍者のまち伊賀市

忍者のまち伊賀市

忍者は修験者のごとく、日々の鍛錬により、どんな状況にも動じない不動心や臨機応変に対応する柔軟な精神力を身に付けたと考えられます。忍者の掟には「苦行(九業)」があり、「眠らない」、「食べない」など人間が本来持つ基本的な欲求、生理現象に反してそれに耐える修行があるのです。

私の修行は「呼吸法」と「歩行術」が中心でしたが、小さい頃から諦めない心だけは鍛えられ、諦めの悪い性格は今も健在です。

忍びの里 伊賀・甲賀

忍びの里 伊賀・甲賀

リアル忍者の不動心

しかし、忍者も主君に情報を伝えるという使命を果たすまでは、なんとしても生き延びなければならなかったわけで、決して諦めない精神力と忍耐強さを持ち合わせていたはずです。

「忍」の字は「刃」の下に「心」を置き、いつ何時でも動じない強い心を表しており、リアル忍者とは「生きる力に長(た)けている人、あるいは、生き延びるために鍛錬した人」のことです。実際、令和2年2月22日の忍者の日の御朱印には「刃」の下に「不動心」と書かれていました。

忍者の不動心

現代は交通や通信手段が発達し、便利になった分だけ、人間の能力は低下しているような気がします。また、新型コロナウイルス感染拡大で自粛生活が続くと人としての共感力も薄れてきます。

そこで、また1つ歳を重ねたこの日に、私は逆境に耐え忍び、どんなときでも生き抜こうとしたリアル忍者の生き様を見習いたいと思いました。

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

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平成芭蕉は「検索すればわかる情報」より「五感を揺さぶる情報」を提供します。旅とは日常から離れ、いつもと違う風、光、臭いなど五感を通じて自分を見つめ直す機会です。そしていつもと違う人に会い、いつもと違う食事をとることで、考え方や感じ方が変わります。すなわち、いい旅をすると人も変わり、生き方も変わり、人生も変わるのです。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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