令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の世界遺産

平成芭蕉の世界遺産~令和の時代に訪ねる 万葉故地の「古都奈良と法隆寺」

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万葉時代の世界遺産 古都奈良と法隆寺

平成芭蕉の「世界遺産への旅」

平成芭蕉の「世界遺産への旅」

新元号の「令和」の出典は万葉集ですが、万葉集の歌を理解するには歴史を知り、時代と風土と共に理解することによって万葉の人々の心に触れることができます。

万葉集の中に奈良県の地名が出てくる歌は犬養孝先生の『万葉の旅』によれば755首もあります。よって、当時の万葉歌を理解するためにはやはり都のあった飛鳥、奈良を訪ねるべきだと思います。

神道や仏教など日本文化の原点、飛鳥・奈良世界遺産

「古都奈良の文化財」は神仏習合の世界遺産

世界遺産の「春日大社」

新しい元号「令和」が万葉集から引用されたことで、万葉集に注目が集まっています。

「あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく今盛りなり」巻3-328

この有名な歌は奈良で歌われたものではなく、叙勲のために都へ赴いた小野老(おゆ)が、太宰府に帰任して祝宴が設けられた際、豪華絢爛たる都の様子を詠んだものです。

私は世界遺産の記事を数多く書いてきましたが、海外の世界遺産を知れば、やはり、日本の代表的な文学作品の万葉集と日本の代表的な奈良の世界遺産についても正しく知る必要があると痛感します。

すなわち、母国の日本を知らずしてグローバルな視点で世界は語れないので、国際交流のためには、まずはお互いの国の文化を知るのが第一歩だと思います。

そこで、今回は日本のこころが生き長らえている奈良と飛鳥の世界遺産をご紹介します。

奈良県の世界遺産には

①紀伊山地の霊場と参詣道
②法隆寺地域の仏教建造物
③古都奈良の文化財

の3つがあります。

それぞれのテーマを簡潔に表せば①は神道・修験道②は仏教③は神仏習合と言えます。

奈良に都が置かれたのは710年で、それから1300年以上の時が流れていますが、今日の日本の社会すなわち日本文化の基礎はやはり奈良時代の平城京に起源があると思われます。

すなわち明治政府によって1868年に神仏分離令が出され、一時は廃仏毀釈運動も起こりましたが、現代社会は最終的には神仏習合的な奈良時代の延長線上に戻っています。

平城宮と東大寺の大仏

仏像で唯一の世界遺産「廬舎那仏」

実際に世界遺産「古都奈良の文化財」は、710年から74年間、日本の都平城京として栄えた歴史を伝える国宝建造物を有する
東大寺・興福寺・薬師寺・唐招提寺・元興寺(極楽坊)・春日大社の6つ寺社と奈良時代を偲ばせる特別史跡である平城宮跡、そして特別天然記念物に指定されている春日山原始林の8つの資産が登録されています。
東大寺:752年に聖武天皇が発した詔により建立された全国の国分寺の総本山で大仏(廬舎那仏)で有名。
興福寺:710年に藤原不比等によって飛鳥から移築され、五重塔や南円堂など9棟の建造物がある。
薬師寺:天武天皇が皇后である持統天皇の病気平癒を祈願して建立し、東塔のみが創建時の建造物。
唐招提寺:759年、高僧鑑真が創建した講堂が起源で、金堂、宝蔵、経蔵は国宝
春日大社:768年に創建され、春日造りの4つの神殿が横に並び、藤原氏の氏神として信仰された。
平城宮跡:710年から約70年間、日本の都が置かれた平城京の宮城跡で朱雀門や大極殿などが復元されている。
春日山原始林:ふもとに春日大社が建てられ、841年に神域となり、1955年には特別天然記念物に指定された。

しかし、これらは個別の価値が認められただけでなく、8資産全体で奈良時代の歴史と文化を物語っている文化遺産としても評価されたました。

特に春日山原始林は春日大社の神聖な杜として古くから聖域となっていいたため、841年に神域となって以来、1000年以上も人の手が加えられておらず、仏教や神道とは別に日本独自の自然崇拝に根ざした宗教観がめられます。

平城京は元明天皇によって唐の長安をモデルに造営されており、道も碁盤目状に配され、シルクロードの終着点でもあったことから、国際的な都市でした。当時の推定人口は約10万人で、日本の政治、経済の中枢であると同時に天平文化の中心地でもありました。

奈良に点在する寺社は、天皇家や藤原氏に結びつくものが多いのですが、当時、権力を握っていた藤原不比等ゆかりの興福寺が、その天皇家の平城宮を見下ろす位置にあったことを知れば、これら構成遺産のつながりを理解することができます。

すなわち、春日大社は藤原氏の祖である中臣氏の氏神を祀っていたことから神仏習合で藤原氏の氏寺である興福寺と結びつき、この藤原勢力に対抗するために聖武天皇行基率いる優婆塞(朝廷の許可を得ていない僧)と協力して春日山の麓に東大寺を建立したと推定できるのです。

当時の仏教は「大仏建立の詔」にもある通り、国家の鎮護・安寧を願った国策仏教でしたが、疫病が流行ったこともあり、鑑真(唐招提寺を建立)を招聘した長屋王など滅ぼされた人たちの祟りという考えも大いに影響していました。

そこで、これらの祟りを鎮める目的からも称徳天皇(聖武天皇の子)は大寺に行幸し、仏教重視の政策を進める一方で、伊勢神宮や宇佐八幡宮内に神宮寺を建立するなど神仏習合を進めたのだと思います。

法隆寺の五重塔の意義

美しい法隆寺の五重塔

一方、一般的な寺社参拝ツアーでは本堂のご本尊参拝が目的ですが、仏教を開いた釈尊の遺骨(仏舎利)仏塔に奉安されているので、本来、仏教寺院において最も重要な建物は本堂や金堂ではなくなのです。

日本で最初に世界文化遺産に指定された、イカルという鳥の名が由来の斑鳩に立つ法隆寺は、聖徳太子こと厩戸王(うまやどおう)ゆかりの寺院で、現存する世界最古の木造建築ですが、その建造物群の中でも重要なものはやはり、その西院伽藍の中心に位置する五重塔です。

一層目に裳階(もこし)が付随し、二層、三層と上に行くに従い、柱間が狭く、屋根も程よい比率で小さくなっているため、相輪と一体となって全体がきれいな二等辺三角形を成し、美しさと安定感では数ある日本の五重塔の中でも一番です。

なお、この塔の初層の内陣には、仏教の経典に書かれている世界が塑像で表現されており、特に北面の「涅槃像土」は有名です。

この五重塔に隣接する美しい金堂には、法隆寺の本尊、すなわち「中の間」に聖徳太子のための釈迦三尊像、「東の間」に父・用明天皇のための薬師如来坐像、「西の間」には母・穴穂部間人皇后のための阿弥陀如来坐像が安置されています。

また、法隆寺北東の岡本地区に位置する法起寺三重塔も法隆寺とともに日本で最初に世界文化遺産に登録されたわが国最古の三重塔です。

法起寺はかつて「ほっきじ」と呼んでいましたが、「法隆寺地域の仏教建造物群」として世界遺産に登録される際、「法」の読み方を統一する必要から当時の高田良信法隆寺管長が「ほうきじ」を正式名称としました。

この三重塔は法隆寺の五重塔の二層、四層をだるま落としの要領で抜いた形になっているそうです。

日本最初の世界文化遺産だけあって法隆寺は「仏教美術の集大成」ですが、約1300年もの風雪に耐えた五重塔をヒントに現代の高層ビルが建てられていることを思えば、古代人の偉大な叡智には驚かされます。

祝!日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産登録

「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されたことを記念して、私はみちのくを旅した芭蕉の研究本『松尾芭蕉の旅に学ぶ』と共に『縄文人からのメッセージ』というタイトルで縄文文化を語り、平成芭蕉の『令和の旅指南』シリーズ(Kindle電子本)として出版しました。人生100歳時代を楽しく旅するために縄文人の精神世界に触れていただければ幸いです。

また、日本人の心に灯をつける『日本遺産の教科書』、長生きして人生を楽しむための指南書『人生は旅行が9割』、感情の老化を防ぐ私の旅日記である『生まれ変わりの一人旅』とともにご一読下さい。

★平成芭蕉ブックス
 ①『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める
 『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅
 『松尾芭蕉の旅に学ぶ 令和の旅指南Ⅲ』:芭蕉に学ぶテーマ旅 「奥の深い細道」の旅
 ④『生まれ変わりの一人旅 令和の旅指南Ⅳ』: 感動を味わう一人旅のススメ
 ⑤『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅

平成芭蕉「令和の旅指南」シリーズ

参考記事:世界遺産の旅における「へー、そうだったの」

★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って世界遺産を旅しています

平成芭蕉の世界遺産

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世界遺産とは地球の成り立ちと人類の歴史によって生み出された全人類が共有すべき宝物で、その内容によって①文化遺産②自然遺産③複合遺産に分類されます。この「平成芭蕉の世界遺産」はその世界遺産についての単なる解説ではなく、私が実際に現地に赴いてその土地に生きる人たちと交流した際に感じた感動の記録です。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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