「宇都宮餃子」の由来と二荒山神社の見所 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座




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「宇都宮餃子」の由来と二荒山神社の見所

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日本遺産「大谷石文化」発信と宇都宮の歴史

大谷石文化と下野国一之宮「二荒山神社」

下野国一宮の二荒山神社

大谷石の「日本遺産魅力発信に係る調査及び戦略検討会議」の最終検討会に出席する目的で宇都宮を訪ねました。

会議では日本遺産認定された「地下迷宮の秘密を探る旅~大谷石文化が息づくまち宇都宮~」の観光施策などを討議しましたが、私はこの大谷石文化もさることながら、20代の頃から宇都宮の歴史や文化に魅入られていますので、会議終了後は、自然と足が達磨市で賑わう「お明神さま」、すなわち下野国一之宮である宇都宮二荒山神社に向いていました。

この二荒山神社は第十代の崇神天皇の第一皇子である豊城入彦命を主祭神とし、私の氏神である大神神社の大国さまと西宮神社の主祭神恵比寿さまも相殿として祀られているので特に親しみを覚えるのです。

宇都宮餃子と陸軍第14師団

また、私はかつて宇都宮に置かれた陸軍第14師団の遺族の方々と二荒山神社の宮司さん同行で、パラオのペリリュー島慰霊団にもご一緒させていただいています。

この宇都宮陸軍第14師団は、現在、私が住んでいる千葉県の習志野・佐倉の歩兵連隊から構成され、パラオの前は満州で関東軍の主力として活躍し、陸軍最強部隊と呼ばれていたのですが、兵士たちはこの満州滞在中、当地の中国人たちから餃子作りを学んだのです。

そして、戦後、復員・帰国した第14師団の人たちが、ふるさと宇都宮で満州仕込みの餃子づくりを始め、今日の「餃子のまち宇都宮」の基礎を築きました。

小倉百人一首発祥および与謝蕪村ゆかりの地

与謝(宰鳥)蕪村の句碑

会議で私は宇都宮が「小倉百人一首発祥の地」であることもセールスポイントですと提言しましたが、俳諧では私の敬愛する与謝蕪村ゆかりの地でもあるのです。

すなわち、松尾芭蕉の行脚生活に憧れた与謝蕪村は、僧の姿に身を変えてみちのくを周遊、この宇都宮の佐藤露鳩宅滞在中に編集した『宇都宮歳旦帳』で初めて「蕪村」と名乗ったのです。

そして、「蕪村」を名乗る前の「宰鳥」として詠んだ次の句碑がこの二荒山神社にあります。

   鶏(とり)は羽に はつねをうつの 宮柱   宰鳥

二荒山神社の名所「明神の井」と「楓の木」

書道が上達する名水「明神の井」

また、江戸時代、宇都宮城下には美しい銘木、水源地、田川があって「七木・七水・八河原」と呼ばれていましたが、二荒山神社境内にはその七水の一つである「明神の井」という名水が残っています。

かつて私の書道の先生が「明神の井の水を使うと書道が上達する」とおっしゃておられたので、今回、私は少しだけ汲んで持ち帰ることにしました。

銘木と言えば、中国の天使の庭にのみ植えられたとされる楓(ふう)の木も二荒山神社境内に植樹されています。

これは徳川吉宗が中国から苗木を取り寄せ、江戸城内、上野寛永寺、日光東照宮の3か所に植樹したのですが、その内の日光東照宮で育成されたものです。

短時間の参拝でしたが、その土地の氏神様に参拝するとリフレッシュできると同時に「トレビの泉」ではありませんが、また再訪できる気がします。

先日の日本遺産「鞆の浦」仙酔島も同様ですが、宇都宮「大谷石」観光においても、やはり土地の氏神様に触れる時間は組み入れたいと思いました。

★平成曽良の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

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