令和の「平成芭蕉」

令和の「平成芭蕉」

平成芭蕉の旅語録

平成芭蕉の旅語録〜南あわじ市の観光調査と元熊野での疫病退散祈願

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南あわじ市の観光調査と新型コロナウイルス感染拡大防止祈願

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、予定していた講演が中止となり、南あわじ市教育委員会の観光資源調査の仕事で淡路島を訪ね、参拝した成相寺諭鶴羽神社では新型コロナウイルス感染拡大防止祈願をしてきました。

ニュースでは新型コロナウイルスの感染拡大で学校が臨時休校となる中、埼玉県羽生市で学校給食用の玉ネギの販売が行われたそうですが、玉ネギと言えば淡路島が有名です。

南あわじ市に立つ「栄光玉葱の里」碑

かんこう 南あわじ市に立つ「栄光玉葱の里」碑

今回訪ねた南あわじ市の淡路ファームパークの近くには、淡路玉葱の由来を記した「栄光玉葱の里」の石碑が建っていました。

今回の視察目的は、南あわじ市内に点在する指定重要文化財を対象として、商品企画化を念頭に地元の方との協働のもと“観光商品として販売できる観光資源”の調査でした。

「浄瑠璃の里」南あわじ市の観光資源

「浄瑠璃の里」南あわじ市の観光資源

かつて淡路島観光と言えば鳴門の渦潮人形浄瑠璃が主流でしたが、500年以上の歴史をもつ淡路人形は、国の重要無形民俗文化財に指定された今日でも、歴史的背景を知らない人が多く、その価値が正しく理解されていないのが現状です。

淡路人形座のえびす人形

淡路人形座のえびす人形

そこで、今回訪れた淡路人形座では観劇後、バックグラウンドツアーで詳しく解説していただき、「人形浄瑠璃は漁の安全と恵みを祈り、また神を讃える神聖な季節の行事であった」ことなど、演目のストーリーと共に歴史解説の必要性を感じました。

500年の歴史を誇る淡路人形座

500年の歴史を誇る淡路人形座

2日間の調査は南あわじ市に点在する寺社仏閣の文化財が中心でしたが、やはり「国生み神話」の淡路島だけあって、歴史的ストーリーの新しい発見が多くありました。

南あわじ市の「国生みの館」

南あわじ市の「国生みの館」

初日は淡路ファームパークから大炊神社、成相寺、国分寺、護国寺と巡り、2日目は船で沼島に渡り、神宮寺の貴重な文化財について中川住職より説明を受けた後、淡路島最高峰の諭鶴羽山の諭鶴羽神社も参拝する機会を得ました。

最初に訪れた国生みの館は、淡路ファームパークに移設された旧三原郡役所の建物内にあり、これは現存する洋風建築物としては淡路島で最も古く、神戸の外国人居留地を思わせる雰囲気を漂わせていました。

淡路ファームパーク内の旧三原郡役所

淡路ファームパーク内の旧三原郡役所

次に訪れた大炊神社は、「淡路の公」親王として、御母当麻夫人とともに淡路島に配流された淳仁天皇を祀った神社です。

名称は大炊神社ですが、実際は764年の藤原仲麻呂の乱後に廃位となった第47代淳仁天皇の中島大屋所で、古文書には「淡路廃帝」とあり、「大炊」は淳仁天皇の諱で、神社参拝というよりは御陵巡りで立ち寄りたい場所です。

淳仁天皇を祀る大炊神社

実際、境内には淳仁天皇を埋葬したとされる天皇塚もあり、この地の住民が今も「こも」を編んで埋葬場所にかけて、天皇の御霊を慰めているそうです。

成相寺と付近を流れる成相川は県の自然環境保全地域に指定されており、成相寺境内の樹齢数百年とされるイブキの木は見事です。この成相寺は根来寺との争乱に関係して淡路島に配流された高野山の実弘上人が、高野山を模して建立し、神仏混合時代の名残で天野神社も隣接しており、淡路島内で唯一、大門も残っています。

私の家系も高野山真言宗なので、祖先の冥福と今回の新型コロナウイルス感染拡大防止を本尊の薬師如来に祈願しました。

高野山の雰囲気が漂う淡路島の成相寺

高野山の雰囲気が漂う淡路島の成相寺

本尊の木造薬師如来立像は国の重要文化財で淡路島では最古の仏像とされるも、成相寺が無住のためか、あまり知られていません。ご本尊以外にも多聞天像持国天像大日如来像という市の指定重要文化財もあり、仏像ファンにはお勧めの寺です。

淡路国分寺は創建当時の建物はありませんが、日本で唯一の天平仏「丈六釈迦如来坐像」「七重塔の礎石跡」の遺構が残り、久保住職の「甘茶」の接待もあって、天平時代の雰囲気が味わえる場所です。

淡路国分寺跡

淡路国分寺跡

国指定重要文化財の丈六釈迦如来坐像は、日本で唯一の天平仏と言われていますが、現存する国分寺の多くは薬師如来を本尊としているのに対して、淡路国分寺では釈迦如来を本尊としている点が珍しいと思います。また、飛天坐像も小さいながら平安時代の作で、両手はなくても素晴らしい仏像です。

国指定重要文化財の丈六釈迦如来坐像を祀る

国指定重要文化財の丈六釈迦如来坐像を祀る

護国寺は淡路四国十七番霊場で淡路島七福神の一つでもあり、立派な瓦で出来た布袋尊像があります。淡路島七福神巡りは夏の鱧料理とともに淡路島観光ツアーの定番ですが、この護国寺は開創1200年頃と伝わる古寺で、現在の山門は極彩色の朱色が眩い立派なものでした。

淡路四国十七番霊場の護国寺

淡路四国十七番霊場の護国寺

七ケ寺すべてまわり終えると吉兆福笹をもらえ、二度目以降の参拝から福笹と引き換えに記念品がもらえるとのことですが、淡路七福神の各寺では太鼓を打ち鳴らしながら般若心経を唱えてくれるという点が特徴的です。

護国寺の瓦で出来た布袋尊像

護国寺の瓦で出来た布袋尊像

夕刻に立ち寄った慶野松原は夕日百選にも選ばれている国指定の名勝で、季節によって沈む位置が異なり、瀬戸内海を一望できることから散策にはお勧めのスポットです。瓦(かわら)ぬ愛を誓う「プロポーズ街道」や「ハート松」「うさぎ松」のようなユニークな黒松があって楽しい散策コースになっています。

名勝慶野松原の「プロポーズ街道」

名勝慶野松原の「プロポーズ街道」

しかし、歴史的には青銅器が出土する弥生時代に栄えた場所で、付近には「松帆銅鐸」「古津路銅剣」が出土した場所があり、また、万葉歌人の柿本人麻呂が西国往還の途上で慶野の海〔飼飯(けひ)の海〕を詠った万葉歌碑も建っています。

慶野松原近くに建つ「古津路銅剣」出土の碑

慶野松原近くに建つ「古津路銅剣」出土の碑

2日目に訪れた栄福(ようふく)寺は、榎列(えなみ)・倭文(しとおり)という、付近に「おのころ島神社」「天の浮橋」「芦原国」といった古事記関連の史跡や「倭文古墳跡」で知られる歴史地域にありました。

栄福(ようふく)寺は高野山真言宗の寺で、市指定の文化財である仏像が4体あり、特に平成30年に指定を受けた木造釈迦如来坐像は平安時代の古い仏像ですが、岡崎住職は完全に近い修復を依頼され、とても平安時代作とは思えない美しさでした。

淡路島13仏霊場第2番札所「栄福寺」

淡路島13仏霊場第2番札所「栄福寺」

岡崎住職の説明では、胴体は平安時代で、台座や他の箇所は江戸時代、明治時代に修復されたとのことです。やはり、住職による法話や仏像にまつわる話があってこそ、文化財の意義が伝わります。

淡路島観光のハイライト「国生み神話」で知られる沼島(ぬしま)

栄福寺参拝の後は船で沼島に渡り、神宮寺を参拝しました。沼島の神宮寺は、イザナギとイザナミがオノコロ島に降り立ち、結ばれた「天の御柱」とされる「上立神岩」鑑賞と共に是非とも訪れたい淡路島観光のハイライトです。

沼島の神宮寺は海上安全の武神、沼島八幡神社に隣接し、沼島の城主梶原氏の菩提寺です。

梶原氏の菩提寺である沼島神宮寺

梶原氏の菩提寺である沼島神宮寺

そのため墓地内に立つ石造五輪塔(向かって右)は、古くから梶原景時の墓と伝わっており、風化して少し痛んでいますが、松香石(こすると松の臭いのする特殊な石で、主に上流階級人のみが使ったとされる)という擬灰岩製の貴重なもので、源頼朝の信任が厚くも、義経と対立していたことなど、梶原景時について知っている人であれば興味深い五輪塔です。

梶原景時の墓と伝わる五輪塔

寺宝の大乗仏教の概説書である金泥経、「紺紙金銀字入大乗論」 2巻と各尊を種子で表す種子曼荼羅の「尊勝法華曼荼羅」も秀逸ですが、中川住職の沼島水軍の話も興味深く、印象に残りました。

神宮寺の寺宝「尊勝法華曼荼羅」と「金泥経」

神宮寺の寺宝「尊勝法華曼荼羅」と「金泥経」

また、本堂裏の神宮寺庭園は、沼島特有の結晶片岩を「人」字形に組み合わせて多用しており、迫力のある石庭で、淡路島でも是非とも紹介したい文化財です。特に、地質学に関心のある人には、庭園にある中央構造線を象徴する鞘型褶曲(さやがたしゅうきょく)石も必見だと思います。

神宮寺庭園の鞘型褶曲石

淡路島の元熊野宮諭鶴羽神社で新型コロナウイルス感染拡大防止祈願

沼島港より淡路島の土生(はぶ)港に戻って訪ねたアカガシ群落で知られる諭鶴羽山は、淡路島の最高峰で、南側の斜面が中央構造線沿いにあるため、典型的な断層崖となっており、『国生み神話』の地にふさわしい霊験あらたかなパワーを感じます。

元熊野と呼ばれる諭鶴羽神社

元熊野と呼ばれる諭鶴羽神社

諭鶴羽山は、古くから山岳信仰の対象として崇拝され、中世には熊野三山と並んで修験道の一大道場として栄え、元熊野宮諭鶴羽宮と呼ばれていますが、「諭鶴羽」という名前は、神様をのせた鶴が熊野へ赴く途中にこの地に降り立ったという神話から名づけられたそうです。

神恩の山 元熊野宮諭鶴羽宮

神恩の山 元熊野宮諭鶴羽宮

また、再生を願う祈りの道『諭鶴羽古道』は熊野古道よりは規模が小さいですが、熊野の神様はこの地を経由して赴かれましたと伝わり、感慨深い道です。

境内の多宝塔影板碑・宝剣板碑群

境内の多宝塔影板碑・宝剣板碑群

境内には多宝塔影板碑宝剣板碑群建武元年(1334年)・鎌倉時代の銘がある町石もあり、元熊野と呼ばれる諭鶴羽詣が盛んだった古の賑わいを連想させます。

建武元年(1334年)・鎌倉時代の銘がある町石

建武元年(1334年)・鎌倉時代の銘がある町石

今回は奥本宮司の案内で奥之院「篠山神社」にも参拝し、観光業界のためにも新型コロナウイルス感染拡大防止を祈願させていただきましたが、この霊験あらたかな地に来ると、今流行りの新型コロナウイルスに対する免疫が生まれたような気がしました。

元熊野宮の奥之院「篠山神社」

元熊野宮の奥之院「篠山神社」

諭鶴羽神社参拝には乗用車かタクシー利用になるかと思いますが、この神恩の山「諭鶴羽山」は、昨年訪ねた飛騨一宮水無神社の奥宮にあたる「位山」に匹敵するパワースポットのように感じました。

日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産!

「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されることを記念して、私はこのたび『縄文人からのメッセージ』というタイトルで令和の旅を語り、Amazonの電子本として出版しました。人生100歳時代を楽しく旅するために縄文人の精神世界に触れていただければ幸いです。日本人の心に灯をつける『日本遺産の教科書』、長生きして人生を楽しむための指南書『人生は旅行が9割』とともにご一読下さい。

★平成芭蕉ブックス
 ①『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅
 ②『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める
 『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅 

平成芭蕉ブックス『令和の旅指南』

★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

平成芭蕉のテーマ旅行

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平成芭蕉は「検索すればわかる情報」より「五感を揺さぶる情報」を提供します。旅とは日常から離れ、いつもと違う風、光、臭いなど五感を通じて自分を見つめ直す機会です。そしていつもと違う人に会い、いつもと違う食事をとることで、考え方や感じ方が変わります。すなわち、いい旅をすると人も変わり、生き方も変わり、人生も変わるのです。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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