平成芭蕉の旅語録~泉岳寺「義士祭」での講釈師 神田松之丞さんの忠臣蔵講談 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座

令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の旅語録~泉岳寺「義士祭」での講釈師 神田松之丞さんの忠臣蔵講談

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って「共感」する旅をしています。

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泉岳寺での赤穂義士追憶の集い 神田松之丞「赤穂義士伝から」

今年も12 月14 日は泉岳寺での「赤穂義士追憶の集い」に行ってきました。

一般に「四十七士」と言われる赤穂義士ですが、泉岳寺には討ち入り前に自害した浅野氏の家臣・萱野重実の供養塔を含めて48基の墓があり、 義士たちの墓は討ち入り後の預け先によってそれぞれ分けて並べられています。

義士祭で賑わう泉岳寺

義士祭で賑わう泉岳寺

今年は赤穂義士討ち入り317年祭ですが、主宰する中央義士会は創立111年ということで、記念講演として講釈師の神田松之丞さんによる忠臣蔵講談がありました。

「忠臣蔵」はお芝居なので、脚色が多いのは仕方ありませんが、中央義士会の中島理事長が書かれた『新大石内蔵助の生涯』などを読んで、歴史的資料に基づく真実の「忠臣蔵」を知れば、やはりこの旧暦12月14日に起きた、「赤穂義士の討ち入り」事件は興味深い内容です。

今日の神田松之丞さんの講談は、赤穂義士伝から「大高源五忠雄」についての話でしたが、この義士は茶道も嗜み、「子葉」と号する俳人で、俳諧の書『二つの竹』を出版しています。

討ち入り前夜に仲間の「年の瀬や水の流れと人の身は」の上の句に対して、彼は「明日待たるるその宝船」と下の句を付けているのです。

芭蕉さんのように俳句で本懐を語り、お互いに別れを告げるなど、武勇の赤穂義士にこんな風流話があったとは感慨深かったです。

『忠臣蔵』物語のテーマは「別れ」にあり

神田松之丞さんは、『忠臣蔵』物語のテーマは「別れ」にあると強調されていましたが、私の亡父も同じようなことを言っていました。

討ち入り後に「泉岳寺」へ引揚げた義士

討ち入り後に「泉岳寺」へ引揚げた義士

大石内蔵助は珠光院と名乗る伯母との面会の別れ際に

いつまての いのちもしらす世の中に つらきなけきの やますもあるかな

と自らの心境を古歌に託して書き与えています。

この歌から父は井伏鱒二の「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」という于武陵の『勧酒』の訳を例えに、私に対して一期一会を大切にしろと言っていたのです。

おかげで、私も今日が最後かもしれないという瞬間を大切にして楽しむ習慣がつきました。

また、大石内蔵助の戒名は「忠誠院刃空浄剣居士(にんくうじょうけんこじ)」ですが、この戒名からは黒田家の祖先である伊賀流忍者の「忍びの心」が伝わってきます。

このリアル忍者の心得である「忍びの心」とは、刀の「刃」の心であり、やましい心を剣で切り裂く浄(きよ)い忠誠心でもあるのです。

中央義士会中島理事長の講演

中央義士会中島理事長の講演

神田松之丞さんの講談に続いては、中央義士会中島理事長による「寺坂吉右衛門は墓前に手を合わせたか」についてのお話でしたが、いつもながら史実に基づいた分析には感銘を受けました。

今回は19時より「東京シンフォニークルーズ」のパーティーが予定されていたため、恒例の赤穂義士の子孫紹介の後はそのまま日の出桟橋に向かいました。

12月は懇親会やパーティーが多い季節ですが、私は新しい出会いのある会を優先しています。

なぜなら暮れから正月にかけては、神社仏閣で新年を迎える「来訪神」の行事が数多く行われるように、新しいパーティー会場には新しいツキをもたらす人との出会いが待っている気がするからです。

東京シンフォニークルーズ

東京シンフォニークルーズ

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by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

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