令和の「平成芭蕉」

令和の「平成芭蕉」

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産 兵庫県赤穂市 日本第一の塩を産した「忠臣蔵」で知られる播州赤穂

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日本第一の塩を産した播州赤穂と北前船寄港地として栄えた坂越(さこし)

北前船寄港地として栄えた坂越浦の船渡御祭

兵庫県赤穂市坂越(さこし)では、2022年11月3日、花嫁が宮舟(嫁入り舟)に乗って花婿の元へ向かう伝統的な婚礼行事「坂越の嫁入り」が3年ぶりに復活しました。海と山に囲まれ、陸の孤島であった坂越地区では、女性は嫁入り道具と共に伝馬船で坂越湾を走り、海路で花婿宅へ輿入れしていたのです。復活したこの伝統的な婚礼の儀は、聖徳太子と関わった秦河勝(はたのかわかつ)を祀る大避(おおさけ)神社で、雅楽を伴った挙式として行われます。

大避(おおさけ)神社

この大避神社は、生島まで巡航する船渡御祭(坂越の船祭り)で知られていますが、これは坂越の廻船業が繁栄していた頃に始められ、300年以上歴史がある伝統行事です。

坂越浦の船渡御祭

坂越浦は正面に防波堤となる生島(いきしま)があり、古くからの良港だったのです。特に西廻り航路の発展とともに、瀬戸内海有数の廻船業地となり、赤穂の塩田で生産された「塩」も動く総合商社と呼ばれた北前船に積み込まれました。廻船業で栄えた坂越には海岸や海に向かう「大道(だいどう)」にそって、廻船業者・浦会所・社寺など北前船寄港地の町並みが残っています。

坂越の浦会所

「忠臣蔵」で知られる赤穂と東浜塩田東端に位置する御崎の景勝地

人が生きていく上で必要なものとして、「空気」と「水」がまず思い浮かびますが、実際には「塩」も必要不可欠なものです。坂越は廻船業で繁栄しましたが、その原動力は赤穂で生産される「塩」だったのです。赤穂城を築いた浅野長直の時代、千種(ちくさ)川流域で大規模な入浜塩田の干拓が進められ、浅野家三代で約100ヘクタールの入浜塩田による塩づくりが行われましたが、これが塩焚き煙たなびく「塩の国」の始まりです。

「塩の国」の入浜塩田

赤穂浪士討ち入りの「忠臣蔵」で知られる事件、江戸城「松の廊下」にて赤穂藩主浅野内匠頭長矩(ながのり)吉良上野介義央を切りつけた刃傷沙汰の原因は、「塩の国」入浜塩田の確執にあったという説もあります。

「忠臣蔵」の大石内蔵助良雄像

その赤穂の入浜塩田は、千種川を挟んで東浜塩田西浜塩田に分かれており、東浜では苦汁(にがり)を含む「差塩(さししお)」、西浜では苦汁を除いた上品な味の「真塩(ましお)」を生産していました。

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赤穂の「真塩」と「差塩」

現在、東浜塩田東端に位置する御崎の温泉街がある岬は、多島美の瀬戸内海が一望でき、「日本の夕日百選」にも選ばれ、「赤穂のエンジェルロード」など風光明媚な景勝地となっています。そしてこの地に鎮座する伊和都比売(いわつひめ)神社は、岬にあるということで「航海安全」と「大漁祈願」の神社でしたが、最近では「縁結び」または「恋人を得る」というご利益が知られるようになりました。

伊和都比売(いわつひめ)神社

鳥居の左側(東側)には恋人の聖地として絶景を眺めることが出来る「一望の席」やおしゃれなカフェ「海と坂と」のある「きらきら坂」もあり、近年では食や縁結びを求める若者の人気を集めています。

きらきら坂

日本遺産 「日本第一」の塩を産したまち 播州赤穂 

しかし、江戸時代に塩の一大生産地として栄えた播州赤穂には、「日本第一の塩を産したまち」として、塩田・塩問屋・塩廻船業で財を成した田淵家の庭園など、市内各地にその繁栄を体感できる数々の歴史文化遺産が数多く残されています。

田淵家の庭園と田淵記念館

そこで私は日本遺産の構成文化財にもなっている「赤穂市立海洋科学館・塩の国」「赤穂城跡」「赤穂市立歴史博物館」そして塩専売法施行に伴って設置された日本最古の塩務局庁舎「赤穂市立民俗資料館」を訪ねました。

赤穂城跡

兵庫県立赤穂海浜公園内にある「塩の国」では揚浜式塩田、入浜塩田、流下式塩田などが復元されており、現在でも伝統的な方法を用いた「瀬戸内海の塩づくり」について学ぶことができ、実際に塩づくりを体験することもできます。

「赤穂市立海洋科学館・塩の国」

復元された入浜塩田には、海水をコントロールする防潮堤と「水尾(みお)」と呼ばれる水路も設けられていましたが、干満の時間に関係なく効率的に作業が行えるシステムです。しかし、この入浜式塩田は、昭和30年代に枝条架(しじょうか)を利用した流下式塩田に取って代わられました。

流下式塩田

また、隣接する赤穂市立海洋科学館では、塩づくりの仕組みや「いかに効率よく海水を濃縮して鹹水(かんすい)を採り、煮詰めるか」という技術革新の歴史も知ることができました。

赤穂城は「元禄赤穂事件」で有名ですが、その縄張りは赤穂浅野家初代長直の時代、浅野家に仕えた甲州流兵学者の近藤正純によって成されました。そして、築城中には軍学者の山鹿素行が助言し、二の丸門周辺を手直ししたと言われています。

赤穂城の庭園

しかし、赤穂城跡で興味深いのは池田家が治めた時代における旧赤穂上水道の遺構です。赤穂城は海岸に近くて堀の水や井戸水には海水が混じり飲用に適さなかったため、熊見川(現・千種川)の上流に井関と水路を建設し、上水道を敷設して城内に給水していたのです。

赤穂城の上水道跡を示す瓦

この「旧赤穂上水道」に関しては、赤穂城跡に隣接する「赤穂市立歴史博物館」に展示されていました。この博物館はかつての米蔵を再現した建物で、「塩と義士の館」と呼ばれるだけあって、人形浄瑠璃・歌舞伎の演目の一つ『仮名手本忠臣蔵』(元禄赤穂事件)の紹介と赤穂の製塩の貴重な史料を中心に「赤穂の塩」・「赤穂の城と城下町」・「赤穂義士」・「旧赤穂上水道」の四つをメインテーマとしています。

明石市立歴史博物館

特に常設展示の一つである「赤穂の塩」では、国指定重要有形民俗文化財である製塩道具が数多く展示されており、塩づくりの歴史を系統的に見ることができました。

兵庫県指定重要有形文化財の「赤穂市立民俗資料館」の建物は、明治38年の塩専売法施行に伴い設置された日本最古の大蔵省塩務局の庁舎です。館内には赤穂で使われていた生活用具など、時代を感じさせるレトロな展示が中心で昭和にタイムスリップした気分が味わえます。

「赤穂市立民俗資料館」

全国にあった塩務局のうち、完全な姿で残っているのはこの洋風の事務所建築だけで、塩の専売制という新時代を象徴する建造物として当時の威風を今に伝えています。そして展示品からは、塩づくりは製塩を生業にしてきた人々の生活文化にも深く根付いていたことが理解できました。

赤穂の名産「塩味饅頭」「赤穂緞通」と「塩」の役割

赤穂の名産品には「塩味(しおみ)饅頭」がありますが、この饅頭は江戸末期に赤穂の海に沈む夕陽をヒントに考案されたとされ、赤穂の塩で甘さを抑えた餡はとても美味です。

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赤穂の「しおみ饅頭」

また、今回、特別に「赤穂緞通工房ギャラリー東浜」も見学させていただきましたが、直線と曲線を巧みに織り交ぜた文様と繊細で美しい色合いの「赤穂緞通(だんつう)」には感動しました。

「赤穂緞通工房ギャラリー東浜」の緞通

赤穂緞通は、江戸時代後期、赤穂に生まれ育った児島なかという女性が考案し、後に塩田で働く女性の副業として厳選された綿糸のみを使った織物で、佐賀の鍋島緞通、大阪の堺緞通と並んで日本三大緞通の一つに数えられています。

今回の日本遺産の旅では、赤穂はやはり瀬戸内海の塩とともに歩んできた町であると実感すると同時に、「塩」は生命にとって不可欠な調味料としてだけでなく、健康上も大いに取り入れるべきだと思いました。

赤穂のエンジェルロードで「潮風浴」

私は旅行中に健康五浴として日光浴、森林浴、温泉浴、イオン浴そして海水浴(潮風浴)が必要であると案内してきましたが、改めて二見や大磯の海水浴が究極の療養であったと再認識しました。

「日本第一」の塩を産したまち 播州赤穂

日本遺産ストーリー〔兵庫県:赤穂市〕

江戸時代、システマティックな入浜塩田による塩づくりが確立された播州赤穂。

瀬戸内の穏やかな海と気候に抱かれ、千種川が中国山地からもたらした良質の砂からできた広大な干潟は、
入浜塩田の開発に適していた。その製塩技術は、瀬戸内海沿岸に広がり、市場を席巻するまでに成長した。

中でも赤穂の塩は、国内きってのブランドとして名を馳せ、赤穂に多彩な恵みをもたらした。

このまちには瀬戸内海から生み出される塩とともに歩んできた歴史文化が蓄積され、現在に息づいている。

赤穂は今なお「塩の国」なのである。

「日本第一」の塩を産したまち播州赤穂

日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産!

「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されることを記念して、私はみちのくを旅した芭蕉の研究本『松尾芭蕉の旅に学ぶ』と共に『縄文人からのメッセージ』というタイトルで縄文文化を語り、平成芭蕉の『令和の旅指南』シリーズ(Kindle電子本)として出版しました。人生100歳時代を楽しく旅するために縄文人の精神世界に触れていただければ幸いです。日本人の心に灯をつける『日本遺産の教科書』、長生きして人生を楽しむための指南書『人生は旅行が9割』とともにご一読下さい。

★平成芭蕉ブックス
 ①『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅
 ②『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める
 『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅 
 ④『松尾芭蕉の旅に学ぶ 令和の旅指南Ⅲ』:芭蕉に学ぶテーマ旅 「奥の深い細道」の旅 

平成芭蕉「令和の旅指南」シリーズ

★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産

この「平成芭蕉の日本遺産」は、単なる日本遺産登録地の紹介や旅情報の提供ではなく、「平成芭蕉」を自称する私が、実際に現地を訪れて、地元の人と交流し、私が感じたことや認定されたストーリー対する私自身の所見を述べた記録です。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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