日本遺産の地を旅する~鳥取県の三徳山三佛寺の投入堂と三朝温泉
パワースポットを巡る「健康五浴」の旅
鳥取県東伯郡三朝町の「三徳山・三朝温泉」は、平成27年に「六根清浄と六感治癒の地~日本一危ない国宝鑑賞と世界屈指のラドン泉~」として、文化庁の日本遺産第一号に選ばれました。
物質的に豊かになった今日の令和の世では、人は精神的に病んで空虚さを味わっているようにも感じます。よって、最近ではその空虚さを埋めるとともに元気をいただく神社仏閣などの「パワースポット」を巡る旅が注目されています。
実際、旅に出る目的のひとつに気分転換や療養があり、旅は元気回復だけでなく、心身の健康にも効果的で、私はかねてより旅の「健康五浴」を提唱しています。それは「観たい」、「食べたい」等の欲望の“欲”ではなく、次の5つの“浴”です。
1.日光浴:新陳代謝を促進する太陽光線を浴びる
2.森林浴:新鮮な酸素と森のフィトンを吸収してリラクゼーションを得る
3.温泉浴:地球のエネルギーを体内に吸収する日本人好みの温泉療養
4.海水浴(潮風浴):人の体液に近い海水や潮風から塩分を吸収する
5.イオン浴: 滝やせせらぎの水しぶきから出るマイナスイオンを浴びる
以上、5つの“浴”は昔の旅では意識せずとも行われていました。しかし、近年の旅行では日帰りバス旅行が主流となり、のんびりゆったりの旅が少なくなってきています。そこで、たまには「一夜(ひとよ)泊まりが二朝・三朝(ふたあさ、みあさ)」と三朝小唄に唄われている、鳥取県の三朝温泉「六根清浄・六感治癒の地」で、温泉浴と森林浴を中心とした「日本遺産を巡る健康五浴の旅」はいかがでしょうか。
現代に休む日を設け、時間がゆるやかに流れる大地の上で、土地の風土や文化が滞在時間を豊かにしてくれます。
日本一危ない国宝 三徳山三佛寺「投入堂」
三徳山は大山隠岐国立公園の一部で、歴史的建造物だけではなく、照葉樹から落葉広葉樹まで自然林が連続して垂直に分布しており、大変希少性が高い山です。三徳山三佛寺の米田住職は、「本来は1,500m~2,000mの場所にしか生育しない植物が三徳山(標高899.6m)にはあり、この山には霊が宿っているからなのではないか。」と、「蓮の花びら伝説」を引き合いに出してコメントをされています。
「蓮の花びら伝説」とは、今から1300年ほど前、「修験道」を始めた大和国の役小角(えんのおづぬ)が蓮の花びらを3枚手にとり、「この花びらを、神仏にゆかりのあるところへ落としてください」と空へ投げたところ、一枚は伊予の国の石槌山へ、一枚は大和の国の吉野山へ、残る一枚は伯耆の国の三徳山へ舞い降り、役小角はこの地を修験道の行場として開かれたのです。
「修験道」とは、日本古来の「山には神が住む」という山岳信仰が仏教などの影響を受けたもので、山で厳しい修行を積み、神秘的な力を身につけようとする日本独自の宗教です。
三徳山(899.7m、国指定 名勝・史跡)は美徳山とも書かれ、「大山、船上山、美徳山」を伯耆三嶺と呼び、霊山として認識されてきました。また、「三徳」とは3つの徳目(智・仁・勇あるいは天徳・地徳・人徳)も意味しており、これは仏教における仏に備わる3徳(恩・断・智又は法身・般若・解脱)を根本の美徳として修養する考えに基づいています。
有名な日本一危ない国宝の「投入堂」で知られる三徳山三佛寺は平安時代の創建とされ、山中の断崖絶壁に蔵王権現を本尊に祀られた奥院として建立されました。「投入堂」は切り立った崖にまるで宙に浮いたように建てられており、今日でもその建築方法については明確になっていない不思議なお堂です。神秘の術を自在に操った役小角が、山の麓にあったお堂を小さくして、崖に投げ入れて造ったという言い伝えから、「投入堂」と命名されました。
国宝に指定されている「投入堂」に至る道程は、行者道と呼ばれる修行の場であり、鎖につかまって命がけで岩山を上るので、「日本一危ない国宝鑑賞」とも呼ばれていますが、その道沿いには国重要文化財「文珠堂」や「地蔵堂」などの貴重な仏教建築も点在しています。
正確な寺伝によれば706(慶雲3)年、役行者が神窟を開いて小守・勝手・蔵王の3権現を祀ったことに始まり、849(嘉祥2)年、天台宗の慈覚大師円仁が釈迦如来・阿弥陀如来・大日如来の3仏を安置して浄土院美徳山三佛寺と号し、修験道の中心地となったのです。
厳しい修行と癒しが一体となった場所~「六根」を清め「六感」を癒す
三徳山での修業は、急な山道をよじ登ったり、切り立った崖の縁を歩いたりする危険なものでしたが、修験道ではこのような荒々しい自然の中で修行を積むことで、心の穢れが消え、特別な力を身に付けると信じられていました。
そのため、今日、私たちが三佛寺投入堂に参拝する際には、修験者になったつもりで、服装や履物もさることながら、心して登る必要があります。履物に関しては入山口でチェックを受け、不適切と言われた場合は藁草履を買って登って下さいと言われます。
実際に参道はまさしく修験者の道ですが、一歩一歩、足場を確認しながら進めば、投入れ堂の見える遙拝所まで行くことができ、達成感を味わうことができます。ただし、写真撮影の際には足元には十分な注意が必要です。
ちなみに10月最後の日曜日に行われる三佛寺『炎の祭典』での火渡り神事は、六根清浄の「意」にあたり、投入堂参拝が叶わぬ信者でも、火の上を素足て歩くことで「祈りが届く」とされています。
この「六根」とは、6種類の情報をキャッチする6器官の眼・耳・鼻・舌・身の五感と意のことで、物を見る「目」、音を聴く「耳」、においをかぐ「鼻」、物を味わう「舌」、温度や痛みを感じる「身(体)」そして感動する「意(心)」です。神聖な三徳山では、山の景色、寺院の鐘の音、お香や花の香り、精進料理、山を歩く行為、お堂でのお参りなどによって悪い心が清められ(六根清浄)、神仏の境地に近づくと考えられたのです。
中でも三徳山名物の精進料理には、三徳山の清らかな水で造られた「三徳豆腐」など、地元の食材が使われています。
そして、三朝温泉では、湯治により「六感(観・聴・香・味・触・心)」を癒すのです。「六感」は「六根」と対になっており、三朝温泉の湯煙の立つ温泉街の景色、水の音、湯の香り、山菜など地元の名物、温泉がもたらす心の安らぎ、こうした喜びは、人生を豊かにしてくれます。
三徳山で「六根」を清め、三朝温泉で「六感」を癒すという考え方は、縄文時代から自然と一体となって生きてきた日本人独自の自然観によるものです。
三徳山の修行拠点、三朝温泉の「白狼伝説」
三徳山の修行には、始める前に三朝温泉で心と体を清めるという作法がありましたが、その修行拠点の三朝温泉には白狼により示されたとの不思議な言い伝えが残っています。
その「白狼伝説」によると平安時代末、源義朝の家来であった大久保左馬之祐(さまのすけ)が、三徳山に参る道中、楠の根元で年老いた白い狼を見つけ、「お参りの道中に殺生はいけない」と見逃してやったところ、妙見菩薩が夢枕に立ち、白狼を助けたお礼に、「かの根株の下からは湯が湧き出ている。その湯で人々の病苦を救うように」と源泉のありかを告げたといいます。
こうして「万病を癒やす湯」として「株湯(かぶゆ)」が伝わり、三朝温泉が始ったので、900年を経た今でも修行のための清めの湯、仏様が与えれてくれた癒しの湯として信仰を集めています。しかし、今でこそ三朝温泉は三徳川の川沿いに温泉旅館が建ち並んでいますが、昔は河原の露天風呂に入浴していた思われます。
世界屈指のラドン泉「三朝温泉」
そして注目したいのは、高濃度のラドンを大量に含む含放射能泉でありながら加温していない温泉である点です。ラドンとはラジウムが崩壊して生じる放射線で、身体はこの放射線を受けると毛細血管が拡張し、新陳代謝が促進されて、免疫力や自然治癒力が高まると言われています。
三朝温泉のラジウム泉は、この放射線ホルミシス効果と呼ばれる効果が顕著であるとして有名で、近年、そのメカニズムも解明されつつあります。通常の含放射能泉は、鉱泉といわれる冷泉が多く、加熱することによって放射能は空気中に拡散してしまうので、加熱していない三朝温泉の源泉は実に貴重な含放射能泉です。
また、三朝温泉では毎年5月5日の節句の前夜に行われるジンショと呼ばれる行事があります。陣所(じんしょ)は「大綱引き」のことで、藤カズラをより合わせ巨大な雌綱と雄綱を作り、両綱を結合させ東西に分かれて引き合う勇壮な伝統行事で「東が勝てば豊作、西が勝てば商売繫盛」といわれています。花湯まつりのメインであり、綱はそれぞれ80m、胴回り最大2m、重さ2tの巨大なものです。
文化庁の「日本遺産」の登録ストーリーにもありますが、三朝温泉と三徳山はセットとして考える必要があります。すなわち、三徳山参拝で『六根』を清め、三朝温泉に浸かって『六感』を癒すという一連の作法こそが、人と自然の融合を重視する日本人独自の自然観を示しているのです。
三徳山とラドン温泉のダブルパワーで心静かにゆっくりできるだけでなく、宿において庭の緑を眺めながら、三徳山の水と地元の素材を使った精進料理と三徳豆腐料理は絶品です。現代の忙しい日常から、少しずつ心が解放されていくような気分を味わうことができ、これこそが、精進であり浄化の時間だと感じる日本遺産です。
六根清浄と六感治癒の地~日本一危ない国宝鑑賞と世界屈指のラドン泉~
所在自治体〔鳥取県:三朝町〕
三徳山(みとくさん)は、山岳修験の場としての急峻な地形と神仏習合の特異の意匠・構造を持つ建築とが織りなす独特の景観を有しており、その人を寄せ付けない厳かさは1000年にわたって畏怖の念を持って守られ続けている。
参拝の前に心身を清める場所として三徳山参詣の拠点を担った『三朝(みささ)温泉』は、三徳山参詣の折に白狼により示されたとの伝説が残り、温泉発見から900年を経て、なお、三徳山信仰と深くつながっている。
今日、三徳山参詣は、断崖絶壁での参拝により「六根(目、耳、鼻、舌、身、意)」を清め、湯治により「六感(観、聴、香、味、触、心)」を癒すという、ユニークな世界を具現化している。
〔主な構成文化財〕
三徳山、三佛寺奥院(投入堂)、三佛寺本堂、三佛寺文殊堂、三朝温泉、三朝のジンショ、精進料理と三徳豆腐など
一般社団法人日本遺産普及協会と日本遺産検定
私は2023年、「日本遺産ストーリー」を通じて地域の魅力を国内外に発信する目的で、有志とともに一般社団法人日本遺産普及協会を立ち上げました。そして、協会では日本遺産ブランドの普及と日本各地の文化や伝統の普及・活用に資する目的で日本遺産検定を実施しています。
本検定は3級・2級・1級に分かれ、まずは3級(ベーシック)が開始されていますので、「日本遺産」をはじめ「日本文化」「日本史」「地域振興」に関心のある方は、下記の『日本遺産検定3級公式テキスト』(黒田尚嗣編著・一般社団法人日本遺産普及協会監修)を参考に受験していただければ幸です。お問合せ先・お申し込み先:一般社団法人日本遺産普及協会
平成芭蕉メッセージ ~「旅の質」が人生を変える
「小説が書かれ読まれるのは人生がただ一度であることへの抗議」という言葉がありますが、私にとって旅することは、一度限りの人生を最大限に楽しむための創造活動なのです。そして私は、人生を楽しむために必要な「心のときめき」は、「知恵を伴う旅」を通じて得られると考えています。
そこでこの度、私はその知恵を伴う日本遺産や世界遺産の旅を紹介しつつ、平成芭蕉独自の旅の楽しみ方とテーマ旅行に関する企画アイデアノート、さらに著者が松尾芭蕉の旅から学んだ旅行術について紹介した『平成芭蕉の旅指南 人生が変わるオススメの旅 旅の質が人生を決める』と題した本を出版しました。このブログと合わせてご一読いただければ幸です。
私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。
この「平成芭蕉の日本遺産」は、単なる日本遺産登録地の紹介や旅情報の提供ではなく、「平成芭蕉」を自称する私が、実際に現地を訪れて、地元の人と交流し、私が感じたことや認定されたストーリー対する私自身の所見を述べた記録です。