「潮流」をテーマとした旅~「鳴門のうず潮」と「潮待ち」の港町 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座




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「潮流」をテーマとした旅~「鳴門のうず潮」と「潮待ち」の港町

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「鳴門のうず潮」と「潮待ち」の港町

潮と言えば「鳴門の渦潮」という言葉が連想されますが、その渦は春と秋に最も大きくなり、世界最大級の渦潮と言われています。

鳴門海峡は兵庫県南あわじ市と徳島県鳴門市との間にあって、播磨灘(瀬戸内海)紀伊水道(太平洋)を結ぶこの海域は、海の幸にも恵まれています。

海の栄養分の多くは川から流れ込み、そのままでは海中に沈んでしまいますが、それを渦潮という潮の流れがプランクトンと一緒にまんべんなくかきまぜて瀬戸内の豊かな海を支えているのです。

風光明媚な瀬戸内海は、この鳴門海峡と紀淡海峡を通る紀伊水道(太平洋)、豊予(ほうよ)海峡と関門海峡を通る豊後水道(日本海)という2方向からの海流がぶつかりあう潮流の激しい内海です。

そして瀬戸内海では1日に2回の干満があって、満潮時には紀伊水道と豊後水道からの海流がほぼ中央の広島県福山市の鞆の浦沖でぶつかり、逆に干潮時には鞆の浦沖を境にして東西に分かれて流れ出ています。

そのため、木綿帆が使われる以前の「地乗り」と呼ばれる沿岸航海主流の時代には、瀬戸内海を航海する際、逆潮を避けるために鞆の浦で潮流が変わるのを待たねばならなかったのですが、潮流の流れの向きが変わるまで待つことを「潮待ち」と呼び、瀬戸内海には鞆の浦港を中心に赤間関(下関)尾道牛窓室津などの潮待ちの港が設けられていたのです。

万葉故地と朝鮮通信使ゆかりの鞆の浦

「潮待ち」の鞆の浦港

「潮待ち」の鞆の浦港

令和の出典となった万葉歌で知られる大伴旅人もこの鞆の浦で「潮待ち」をしており、この地で

「吾妹子(わぎもこ)が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」

と詠んでいます。

鞆の浦の港には、江戸時代の港湾施設である「常夜灯」「雁木」などがすべてそろっており、江戸時代の町絵図が現代の地図としても通用する稀有な港町です。

また、朝鮮通信使の寄港地にも指定され、第8回通信使従事官の李邦彦は、福禅寺対潮楼から眺めた鞆の浦の景観を「日東第一形勝(朝鮮より東の世界で一番風光明媚な場所)」と賞賛しています。

しかし、航海技術が発達して潮流の穏やかな沖合を、多少の逆潮でも風さえよければ航海可能となってからは、「地乗り」から「沖乗り」へと航路が変わり、「潮」の意識も薄れていきました。

そこで、令和の時代を迎えた今、万葉人や朝鮮通信使の航海、源平の合戦(屋島・壇ノ浦)などの歴史的出来事が「潮」に関係していたことを体感すべく、瀬戸内海の「潮待ち」の港を訪ねてみてはいかがでしょうか。

<具体的な旅先>

鳴門の渦潮…鳴門海峡に発生する渦潮で、大潮の際には渦の直径は最大で30mにも達し、渦の大きさは世界でも最大規模と言われています。

鳴門の渦潮

鳴門の渦潮

日本遺産の鞆の浦…瀬戸内の多島美に囲まれた鞆の浦は、江戸時代の港湾施設がまとまって現存し、潮待ちの港として栄えた伝統文化が息づいており日本遺産に認定されています。

*旅行読売2019年8月号に掲載されました

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by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

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