韓国の世界遺産 新羅王国の古都「慶州」と朝鮮通信使 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座




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韓国の世界遺産 新羅王国の古都「慶州」と朝鮮通信使

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韓国の世界遺産 新羅王国の古都「慶州」と朝鮮通信使

瀬戸内海航路と朝鮮通信使

周囲を海に囲まれた日本では、古来より、海は「海道」として、時によっては陸の「街道」以上に重要な道でした。

特に瀬戸内海は日本の大動脈であり、多くの風待ち・潮待ちの港町が栄え、その中でも戸田(鞆の浦)、広田(牛窓)、柏山(室津)等の港町を結ぶ瀬戸内海航路は江戸の鎖国時代に朝鮮通信使が利用した道でもあります。

朝鮮通信使は室町時代に将軍からの使者と国書に対する返礼として始まったもので、「信(よしみ)を通(かよ)わす使者」として朝鮮国王が国書や進物をもたらすために派遣した外交使節団のことを言います。

日本の文化の多くは大陸より朝鮮半島を経由したものが多く、この通信使の来日は鎖国時代に文化面で多大な影響を与える機会でした。

この朝鮮通信使は豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)による国交断絶のために一度は中断されましたが、徳川幕府によって1607年に再開され、約200年の間に計12回、日本を訪れています。

新羅王国千年の都 慶州と日本の古都 奈良

韓国仏教遺跡の代表「石窟庵仏国寺」

韓国仏教遺跡の代表「石窟庵仏国寺」

そこで今回はその朝鮮通信使がもたらした朝鮮半島における文化の発祥地、慶州(キョンジュ)をご紹介します。

奈良は韓国語の国を意味する「ナーラ」が語源とも言われていますが、私にとって新羅(シルラ)王国の都であった慶州は、日本の奈良を連想させます。

実際、慶州で必ず訪れる世界遺産の仏国寺の伽藍配置は日本の奈良時代の寺院配置に似ています。

なかでも印象に残るのは東の多宝塔西の釈迦塔ですが、これは女性の美と男性の美を競っているように大雄殿の前庭の左右に対峙して立っています。

創建時の伽藍はほとんど失われていますが、この2つの建造物は永遠の美として今日に残っています。

多くの遺跡があって、「屋根のない博物館」と呼ばれる慶州は、世界でも指折りの古都でローマ、イスタンブール(コンスタンティノープル)、バグダッド、西安(長安)などの世界的な都に引けをとらない新羅王国、千年の都でした。

一つの王朝が千年近く続いたという事実も驚きですが、その間、都が一度も移らなかったと言う点は特筆すべきでしょう。

それはとりもなおさず慶州が韓国精神文化の永遠の故郷であり、新羅から始まった韓国文化の発祥地であったことを意味します。

現在、その韓国文化発祥の地である慶州歴史地域は、遺跡の種類によって南山、月城、山城、皇龍寺跡、大陵苑の5つのエリアに分けられています。

中でも月城地区にある7世紀に建立された東洋最古の天文台の瞻星台(チョムソンデ)や古墳から出土した美術品を展示した「国立慶州博物館」、新羅王をはじめとした古墳群が密集する大陵苑は必見です。
現在、韓国語はハングルという表音文字を使っていますが、この慶州を訪れると昔ながらの新羅語を語源とするものが多いことに気がつきます。

私は、もし今日の韓国人に表意文字である新羅語を使う習慣が残っておれば、同じ表意文字の漢字を使う我々日本人とより一層の信(まこと)を通わすことができたのではないかと感じます。

東洋最古の天文台の瞻星台(チョムソンデ)

東洋最古の天文台の瞻星台(チョムソンデ)

by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

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