中国の世界遺産 シルクロード西安の秦始皇帝陵及び兵馬俑坑 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座

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中国の世界遺産 シルクロード西安の秦始皇帝陵及び兵馬俑坑

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楊貴妃や玄奘三蔵が活躍した唐の都西安(長安)と阿倍仲麻呂

記紀万葉「海駅海道」の旅に同行し、万葉故地である広島県倉橋島長門造船歴史博物館で実物大の遣唐使船を見学した際、地元の語り部さんから、奈良時代の遣唐留学生で
「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」
という歌で有名な阿倍仲麻呂について興味深い話を聞くことができました。
彼は唐で難関の官吏登用試験である科挙に合格、玄宗皇帝に重用され、その間詩人の李白王維らと親交し、唐僧鑑真に来日を要請して自らも帰国を試みますが、果たせずに唐で客死した人です。
そこで今回はその阿倍仲麻呂記念碑の立つ玄宗皇帝ゆかりの興慶宮公園の所在地、唐の都西安(当時は長安)をご紹介します。

阿部仲麻呂記念碑

阿部仲麻呂記念碑

奈良市、京都市と友好都市提携をしていた西安市ですが、1982年11月に首都圏の商業活動の視察のため、張鉄民西安市長一行が船橋を訪問したのがきっかけで、現在は私の住む船橋市と友好都市関係を結んで交流があるのです。
西安は3000年以上の歴史を持つ古都で、この都にゆかりのある代表的人物は玄宗皇帝の寵愛を受けた楊貴妃、『西遊記』のモデル玄奘三蔵、そして中国を最初に統一した秦の始皇帝があげられます。
西安まで来ると同じ中国でも北京とは異なり、シルクロードの西域という風情が漂っていますが、これはシルクロードを通じてやってきたイスラム教徒の子孫たちが、鼓楼の北に広がる回民街を中心に今でも数多く生活しているからです。
近代的に発展した西安の中心部にありながら、回民街の一帯には、昔ながらの風情溢れる情景が広がっており、散策していて楽しいエリアです。
また、城壁に囲まれた西安の中心部から5キロほど南には、「大雁塔」という唐の時代に建造された煉瓦造りの美しい塔が建っていますが、これは玄奘(三蔵法師)がインドから持ち帰った経典を保存するために建てられたものです。
大雁塔は大慈恩寺という仏教寺院の敷地内にあり、塔の上まで登れば、かつての長安の都を彷彿させる、碁盤の目のように美しく区画整備された西安の街並みを一望することができます。

大雁塔から眺めた西安の街並

大雁塔から眺めた西安の街並

しかし、私たち日本人にとっては奈良の平城京や京都の平安京がこの都をモデルに建設されたということが重要で、西安陝西歴史博物館を訪ねると正倉院御物にも似た所蔵品が多く見られます。
特にペルシア風の青磁の大皿に描かれたローゼット文なる花の文様が、皇室の「菊の御紋」のルーツとなったという説明を受ければ、長安と日本を結んだシルクロードの文化交流を実感できます。

中国初代皇帝 秦の始皇帝が残した世界遺産「兵馬俑」

秦の始皇帝は中国の初代皇帝で度量衡や貨幣制を定め、万里の長城を築いたことで有名ですが、日本では不老不死の薬を探しに行かせた「徐福の伝説」にも登場します。
その王墓、始皇帝陵はエジプトのピラミッドと並び称されるほど大きく、地下には宮殿が埋設されていると言われていますが、見どころはやはり陵の付属遺跡、「兵馬俑」です。
これは多くの等身大の焼き物の兵士や軍馬が陵の守護のために坑道に埋められたもので、実際に間近でそのリアルな姿を眺めてみると、その表情の豊かさや、鎧や装飾の細かさに驚かされます。

秦の始皇帝の兵馬俑

秦の始皇帝の兵馬俑

二千年の眠りから覚めた兵士たちの今にも動き出しそうな姿にはロマンを感じました。
不老不死の薬を求めていた始皇帝はこの軍団で黄泉の世界をも支配しようと考えたのかもしれません。兵馬俑の発掘は完了しても、始皇帝陵本体の発掘は行われておらず、これは日本の天皇陵に手をつけないのと同様、東洋的な発想かもしれませんが、歴史の事実確認という意味ではもったいないことです。

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