星空の世界遺産 神々が集う神秘的な世界「神津島」 | 【黒田尚嗣】平成芭蕉の旅物語

令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の旅語録

星空の世界遺産 神々が集う神秘的な世界「神津島」

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って「共感」する旅をしています(サイトマップ参照)

平成芭蕉のテーマ旅行

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*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

「星空保護区」を目指す神々が集う島 神津島(こうづしま)

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、大打撃を受けた旅行業界のカンフル剤として始まったGoToトラベル事業ですが、対象から外されていた東京都民にもようやく開放される見込みです。

そこで、私は新しい企画を求めて八丈島や三宅島などと並ぶ「東京諸島」の1つ、伊豆諸島のほぼ真ん中に浮かぶ国立公園の神津島(こうづしま)を訪ねました。

国立公園に指定される神津島

神津島は白い砂浜と緑豊かな変化に富む美しい島で、島の中央にそびえる天上山は、四季折々の花々が咲き「花の百名山」「新日本の百名山」にも数えられる山です。地下水が豊富で各所より湧水が湧いているだけでなく、透明度と水質が日本一にも選ばれた綺麗な海に囲まれています。

透明度日本一に選ばれた海

透明度日本一に選ばれた海

この国立公園にも指定されている神津島は、周囲約22キロメートルの小さな島ですが、今、新たな街おこしに挑戦しているのです。それは、自然環境保護を徹底させ、天文学者や環境学者らで作るNPO国際ダークスカイ協会(本部・アメリカ)が認定する「星空保護区」の取得です。

星空保護区は、夜空の暗さや屋外照明に厳しい基準があり、「星空版世界遺産」とも称されています。欧米を中心に103カ所が認定されており、日本においては、2018年、沖縄県の「西表石垣国立公園」が国内で初めて「星空保護区」として認定されました。

最近では長野県阿智村や岡山県浅口市など、星空を売り物にした自治体が増えていますが、神津島が星空保護区を目指すきっかけは、都が推進する東京宝島事業だったと言われています。

「星空保護区」を目指す神津島

現在の88星座はギリシャの天文学者トレミー(プトレマイオス)がまとめた48星座をベースとしており、そのため名前にはギリシャ神話に登場する神々の名前が多く使われています。今回の神津島ではニュージーランドのテカポ湖で星空ガイドをされていた「フルアース」の古谷さんに案内をしていただきました。

ニュージーランドの「テカポ湖の星空」

あいにくの曇り空でしたが、星空観察スポットとして知られる「よたね広場」では、一時的にいくつかの星座を観測することができました。特に「夏の大三角」や「秋の大四辺形」をはっきりと確認することができ、来てよかったと実感すると同時に、晴れていればいかに素晴らしい星空かと思い巡らすこともできました。                          夜の星空探索ツアー

星空ガイドの古谷さんによれば、神津島の夜空には四季折々の星座や流星群など無数の星が広がり、冬には水平線ぎりぎりに南中する「カノープス」も見られるそうです。

小さな島でさえぎるものがないので、まさしく、大自然に包まれた島がまるごとプラネタリウムになる感じなのでしょう。

神々が集う古い歴史と伝統をもつ神津島

翌日は神津島の主要な観光地を巡りました。神津島は出雲の国を譲るように迫られた大国主命の子にあたる事代主命が、高天原の神々に出雲を譲り、自身は東へ渡り、富士山の神と共に伊豆の島々を造ったとされています。

そしてその事代主命が、伊豆の島々を作る為に、神々を集めて相談をする拠点とした場所がこの地で、昔は「神集島」と書いたそうです。

また、神津島のシンボルである天上山では出来上がった伊豆七島の神々が集まり、水の分配の会議が行われたという「水配り伝説」もある神秘的な島です。

神々の水配り像

このように神話に由来する古い歴史と伝統をもつ神津島は、村内を散策すると所々に病魔を払うコウセン様と呼ばれる猿田彦が祀られており、素朴な民間信仰や祖先を敬う厚い信仰が息吹いると感じられました。

神津島漁協と市場

私たちはまず、前浜の神津島漁協・魚市場から歩いてこの神津島の象徴的存在である物忌奈命(ものいみなのみこと)神社にお参りしましたが、主祭神である物忌奈命は、三島大社で祀られている事代主命(ことしろぬしのみこと)と阿波命神社(長浜神社)で祀られている、阿波命(あわのみこと)の間に生まれた長男であり、神津島の開祖とされています。

島の守護神を祀る物忌奈命神社

本殿や拝殿はとても格調高い造りで、狛犬も新型コロナウイルス感染対策でマスクを付けていましたが、玉取りと小取りの岡崎型で立派なものでした。また、境内は神仏習合の名残である「薬王殿」も建っており、私は風の強い冬場はこの境内で星空観測もありかなと感じました。

物忌奈命神社の参道

趣のある参道を東に進むと島の歴史と文化財を展示した郷土資料館がありました。この資料館は明治39年の建てられた旧役場にあり、館内には島民の昔の生活を物語る民具や貴重な古文書に加えて、重要無形文化財に指定されている物忌奈命神社の例大祭「神津島のかつお釣り神事」をビジュアルに紹介しています。

旧役場跡にある郷土資料館

郷土資料館から街中を散策し、よっちゃーれセンター駐車場からは車で横道展望地を経由して星空観測地となるヘリポート跡地、ありま展望台を訪ねました。ここは昨晩も案内してもらった場所ですが、昼間に来ると神津島の地形が俯瞰できました。

ありま展望台の近くには立派な「おたあ・ジュリアの十字架」が立っていますが、おたあ・ジュリアとは朝鮮貴族の娘でキリシタン大名小西行長の養女でした。徳川家康に目をつけられ、駿河城で家康側近の侍女として仕えていましたが、禁教令の後、家康の説得でもキリスト教から改宗を拒み続けたため、この神津島に島流しとなったのです。

ありま展望台とジュリアの十字架

神津島港の南東約1km、村落中央の流人墓地にある高さ約1.7mの朝鮮風の二重塔が彼女の墓とされ、毎年、墓前でジュリアの供養祭が行われています。1622年のパシェコ神父の手紙によると「信仰のため追放された高麗人オタ・ジュリア」は当時大坂で援助を受けていたとも伝わっており、謎めいた女性ですが、時の権力者に対しても毅然たる態度で信仰を守ったおたあ・ジュリアの生き様には感銘を受けます。

おたあジュリア終焉の島

次に訪れた三浦湾展望台からの展望は、まさしく神津島の絶景でしたが、年に数回しか見られないとされる八丈島まで見ることができて最高の思い出となりました。

絶景の三浦湾展望台

昼食は多幸湾に向かう途中の「Café & Garden Houseのら」という神津島の郷土料理を提供してくれるレストランで取りました。私は神津島産の海藻丼と「あしたば(明日草)」のかき氷を食べましたが、次回はキンメダイやタカペも食したいと思いました。

「Café & Garden Houseのら」

神津島では、昔から漁業が盛んで、キンメダイタカペ、イセエビなどの魚類やとこぶし、あわびなどの貝類、天草などの海藻類が特産です。また農業では、アシタバやパッションフルーツなどが代表作物で、今回のかき氷は、そのアシタバの特製シロップをかけたもので、抹茶に似た忘れがたい味でした。

神津島のキンメダイとタカペ

食後に訪れた多幸湾は、島の東に位置しており、水平線から昇る朝日はさぞ美しいものと推察されます。また、この付近の砂糠山には黒曜石の層が露出しており、石器時代にはこの地から鋭利な道具の原料として本土に運ばれました。

多幸湾と黒曜石の案内

多幸湾と黒曜石の案内

黒曜石と言えば、日本遺産に認定された星降る中部高地の縄文世界を思わせますが、この神津島産の黒曜石はとても質が高いと言われています。

そして、今回は登ることはできませんでしたが、この多港湾からは神津島のシンボルである天上山の荒々しい山肌も露出しており、自然の荘厳な姿として見て取れました。

多幸湾と天上山の岩肌

地元の人の話では島の冬は強い西風が吹くため、冬場の漁船は西の神津島港ではなく、この多港湾の三浦漁港から出漁し、カジキマグロの突ん棒漁などで賑わったそうです。すなわち、美しい景観に加えて、多くの海の恵みを与えてくれるので「多幸湾」と呼ばれているのです。

カジキマグロ突ん棒漁モニュメント

その昔、この多幸の港に魚がたくさんあがると、その臭いをかいで「ネコマタ」と呼ばれる口が赤く裂け、尾っぽが二つある大きな山猫がやってくると言われていましたが、今日、そのネコマタが住んでいたとされる日向(ひゆうが)の地には、美味しい「多幸湧水」があり、私たちの喉を潤してくれます。

日向の多幸名湧水

多幸湾からは西北の沢尻湾、長浜を経由して、夏場は海水浴客で賑わう赤崎へ向かいました。

この海水浴場には「潮風の赤崎遊歩道」が設けられており、神津島の観光名所にもなっています。背後に聳える山は神戸山(こうべやま)と呼ばれ、昔はこの山から切り出した石を、索道で浜まで降ろし、トロッコで運び、船に載せて本土に運んだと言われています。

神津島の名所「赤崎遊歩道」

赤崎海水浴場の南に位置する長浜海岸付近には、午前中に参詣した物忌奈命神社と共に延喜式に名神大社と記された阿波命(あわのみこと)神社が鎮座しています。

阿波命神社の鳥居

阿波命神社の鳥居

阿波命は神津島の開祖物忌奈命の母であり、三島大社の神様事代主命の正后ですが、4月中旬には長浜祭りという例大祭が行われ、これは神津島一番の祭りです。参拝者は長浜の海岸の石に砂を乗せ、鳥居の下に置くということを行っているそうです。この神社には御朱印はありませんが、物忌奈神社同様に御朱印スタンプが備え付けられていました。

長浜祭りで賑わう阿波命神社

最後に訪れた場所は沢尻湾海水浴場近くの神津島温泉保養センターです。「火山ある所には名湯あり」で天上山のお膝元にも、温泉が湧き出ていました。この施設は沢尻湾の沿岸沿いに位置しており、お湯はアルカリ塩化物強塩泉で、身体の芯まで温めてくれます。目の前には海が広がり、天気がよければ、水平線に沈む夕日、夜は満天の星座も楽しめる理想的な星空観測地だと思いました。

神津島温泉保養センターの露天風呂

来るときは東京竹芝桟橋から東海汽船のジェットフォイルを利用しましたが、帰りは神津島空港から新中央航空で東京調布空港まで空路で帰りました。

空港には今回お世話になった神津島観光協会草野理事長神津島役場産業観光課小川課長にお見送りに来ていただいただけでなく、キンメダイの切り身や塩辛などのお土産までいただきました。

神津島空港の新中央航空機

神津島空港の新中央航空機

新型コロナウイルスの影響で海外渡航が出来ない今は、やはり日本の島旅がおすすめです。なぜなら、日本は「国生み神話」でオノコロ島から始まった島国ということもあり、この神々が集まったとされる神津島で美しいい星空を眺めながら、日本古来の歴史に触れることは最高の癒しにつながるからです。

神々の集う島「神津島」

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