「アメリカ大陸のアテネ」中米ホンジュラスのマヤ遺跡 コパン! | 【黒田尚嗣】平成芭蕉の旅物語

令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の世界遺産

「アメリカ大陸のアテネ」中米ホンジュラスのマヤ遺跡 コパン!

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って世界遺産を旅しています

平成芭蕉の世界遺産

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「平成芭蕉の世界遺産」はその世界遺産についての単なる解説ではなく、私が実際に現地に赴いてその土地に生きる人たちと交流した際に感じた感動の記録です。

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

平成芭蕉の「世界遺産への旅」

平成芭蕉の「世界遺産への旅」

 

「アメリカ大陸のアテネ」と称される中米の古代マヤ遺跡 コパン!

「コパン」と言えば、2016年に公開された市原隼人さん主演の「ホテルコパン」という群像ドラマを連想されるかもしれませんが、こちらは長野県白馬村が舞台ですが、一般的にコパンとは中米にあるマヤ遺跡の名前です。

中米のマヤ遺跡「コパン」

暦で有名なマヤ遺跡は、中米のホンジュラス、メキシコ、グアテマラ、ベリース、エル・サルヴァドルの5カ国に渡り数多く残っていますが、これらマヤ遺跡の中でもホンジュラスのコパン遺跡は、全体の美しさとその芸術的価値から、最も美しい遺跡の一つと言われています。

コパン遺跡への入り口

このコパン遺跡は規模的には、チチェンイッツァティカルの遺跡には及ばず、またピラミッドなどの目立った建築物も多くはありません。しかし、コパンには他の遺跡にはない美術的価値の高い石の彫刻が多く残っており、私のような美術好きにとっては興味深い遺跡なのです。

マヤ神聖文字の階段

すなわち、マヤ文字が刻まれた石碑(ステラ)などが数多く保存されており、マヤ文字の解明に大きく貢献し、現代人がマヤ文明を知る鍵となった世界遺産なのです。

コパンの丸彫り石碑(ステラ)

遺跡の中心には祭祀用のグラン・プラザ(大広場)カンポ・デ・ペロタ(球技場)アクロポリス(石造建築物複合体)があり、「アメリカ大陸のアテネ」と称され、「マヤ神聖文字の階段」や王一族をモチーフにした「高浮き彫り」石碑で知られています。

アクロポリス(石造建築物複合体)

特にカンポ・デ・ペロタ球技場は、マヤ遺跡に見られる球技場遺跡の中でも最大規模です。カンポ・デ・ペロタの「ペロタ」とは、重いゴム製のボールを肘、腰、足だけを使い地面に落とさないようにする球技の名前ですが、トウモロコシの豊穣と天体の運行を正常にすることを願う奉納球技と考えられています。

カンポ・デ・ペロタ球技場

さらにマヤでは球技は神聖な儀式とされ、その結果は王朝の運命を左右するほど重要なものでした。伝承によれば、コパン絶頂期の「18兎王」の時代、属国だったキリグアと球技で対戦するも、予想に反してコパンが敗北。その結果、キリグアの王は「18兎王」を捕らえて殺し、キリグアはコパンを凌ぐ勢力になっていったと言われています。

「マヤ神聖文字の階段(エスカリナータ ヘログリフィカ)」は、発見当時はバラバラで、石段の補修工事は世界一難解なジグゾーパズルと言われ、62段の階段ひとつひとつに、2200以上のマヤ神聖文字で刻まれていました。

マヤ神聖文字の階段に描かれたマヤ文字

これは16世紀以前の古代アメリカ大陸最長の文字記録碑銘で、15代目の王カック・イピヤフ・チャアーン・カウィール」が755年に完成させました。内容は王朝初代のヤシュ・クック・モー王から始まる壮大なコパン王朝の歴史が語られています。

コパン芸術の粋「高浮き彫り」の丸彫り石碑

まるでガンダーラ美術

また、コパン芸術の粋である「高浮き彫り」の石碑は、グラン・プラザに林立していますが、仏像に似た彫刻もあって、私にはアジアのガンダーラ美術のようにも感じられました。

これらは主として、コパン芸術の後見人と呼ばれた全盛期の第13代「18ウサギ王」が、独自の丸彫り技法を用いて建立したもので、王はそこに幼少から老年へと至る己の姿を刻んでいます。

第13代「18ウサギ王」の石碑

マヤ文明の都市では王の姿や事績を刻んだ石の彫刻やモニュメントがよく作られていますが、その多くは、石板に浅浮き彫りを施したものです。しかし、コパンの石碑は丸彫りに近い形になっているところに特徴があります。

1989年には「神殿16」の調査中にトンネルとロサリラと呼ばれる地下神殿が発見されました。調査の結果、古代マヤの王達は過去に造られた神殿を埋め、その上に新たに自分の神殿を増築していったようです。すなわち、現在見えている建物の下に何代にも渡る過去の神殿が眠っていることになります。発見されたトンネルに入ると、千数百年間埋もれていた地下

ロサリラ地下神殿の模型

神殿の一部を見ることができますが、この実物大の複製は、遺跡公園内の博物館でに展示されており、見ごたえ十分です。

神殿16の近くには直方体の「祭壇Q(アルタ クー)」がありますが、これはコパン王朝史の解明に多大な貢献をした最重要記念碑の一つです。この記念碑からコパン王朝史の解明が進み、王朝の創始者から歴代の王朝の存在が証明されました。

祭壇Q(アルタ・クー)

祭壇の4つの側面には、それぞれ4人ずつ歴代16人のコパン王が、自分の名前を意味するマヤ文字の上に座する形で彫刻されており、初代の王キニチ・ヤシュ・クック・モから最後の王ヤシュ・パサフへと王権を象徴する杖の手渡される様子が繊細に描かれています。

王権を象徴する杖の手渡される様子

これは、第16代目の王ヤシュ・パサフが、自分の即位を正当化するために彫らせたものですが、私には古代日本において天智天皇の後継者争い「壬申の乱」に勝利した天武天皇が、皇位継承の正統性をアピールするために作らせた『日本書記』のようにも感じられました。しかし、コパンは事実上、16代で終わっているので、この王は天武天皇(大海人皇子)ではなく、滅ぼされた大友皇子だったのかもしれません。

映画「ホテルコパン」では、長野オリンピック以降、賑わいが嘘のように閑散となったホテルに、活気を取り戻そうと集まった10人の人生を描いていますが、ホンジュラスの「ホテルマリーナコパン」においても、今ではコロナ禍の中で活気を取戻そうとスタッフが頑張っているようです。

中米のホテルマリーナ”コパン”

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