オーストリアの世界遺産「シェーンブルン宮殿と庭園」 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座

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オーストリアの世界遺産「シェーンブルン宮殿と庭園」

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オーストリアのシェーンブルン宮殿は、17世紀にレオポルト1世の狩猟用の別荘として建設されたのち、改築・増築が重ねられ、18世紀後半の女帝マリア・テレジアの時代に、ウィーン風ロココ様式の宮殿として完成しました。
宮殿建築の傑作であり、花壇、植え込み、噴水などを幾何学的に配置した西洋庭園も付属しています。

オーストリアの世界遺産ハプスブルク家のシェーンブルン宮殿と庭園群

ウイーン風ロココ様式の宮殿「シェーンブルン宮殿」

第一次世界大戦後のハプスブルク帝国解体によって、オーストリアは小さな国になりましたが、ウィーンをはじめとする各地にある豪壮な城や宮殿は帝国華やかなりし時代からの文化財であり、その代表がマリア・テレジアが好んだウイーンにあるハプスブルク家の離宮シェーン・ブルン宮殿です。
大戦後のウイーン会議だけでなく、戦後のキューバ危機後、東西冷戦下の1961年には、アメリカのケネディ大統領と旧ソ連のフルシチョフ閣僚会議議長の会談が行われたのもこの宮殿です。
1693年に、レオポルト1世の狩猟用の別荘として建設されたのち、改築・増築が重ねられ、18世紀後半の女帝マリア・テレジアの時代に、ウィーン風ロココ様式の宮殿として完成し、宮殿建築の傑作と評価されています。
宮殿内には1441の部屋があり、広大な庭園は、花壇、植え込み、噴水などを幾何学(きかがく)的に配置した西洋庭園です。
フランスのベルサイユ宮殿に勝るとも劣らない優雅な宮殿ですが、ベルサイユ宮殿は内部の写真撮影ができるのですが、こちらは撮影禁止な点が残念です。

女帝マリア・テレジアとシェーンブルン宮殿

マリア・テレジアはオーストリアの女帝と呼ばれるもフランス革命で処刑されたマリー・アントワネットの母であり、対外戦争を巧みな政治手腕で乗り切って領土を守り、小学校の建設、義務教育化など近代オーストリアの基礎を築いたことから“国母”として慕われています。また、ハプスブルク家と言えば政略結婚が常識ですが、彼女自身は理想的な恋愛結婚で夫フランツ1世とのおしどり夫婦ぶりでも有名でした。
シェーンブルン宮殿の一帯は、16世紀には「ウィーンの森」に続くカッターブルクと呼ばれる森林地帯で鹿や猪などの猟場でした。
そして皇帝マティアスがそこに狩の館を建て、狩の途中で発見した泉をシェーナー・ブルンネン(美しい泉)と名付けたのがシェーンブルンという名のおこりです。
しかし、1683年のトルコ軍によるウィーンン包囲でこの館は略奪破壊され、後に皇帝レオポルト1世が夏の離宮として新築、当初は簡素な建物でしたが、それをマリア・テレジアが内外ともに今日ある壮麗なバロックとロココ式の優美な姿に仕立て上げたのです。
中でもナポレオン帝国崩壊後のウィーン会議の大広間や6歳のモーツァルトが御前演奏を行った「鏡の間」は必見です。
ハプスブルク家の事実上の最後の皇帝フランツ・ヨーゼフが使っていた部屋もいくつか残されていますが、彼は私生活では質実剛健を旨とし、彼は宮殿の内装はごく簡素な造りに変えてしまったと言われています。

女帝マリア・テレジアのライフスタイルを現代に伝える

シェーンブルン宮殿の庭園

シェーンブルン宮殿は「夏の離宮」と呼ばれていますが、実際にはマリア・テレジアは夫フランツ1世や家族と共にしばしば滞在しており、世界最古といわれる「動物園」も敷地内にあって、外国からの珍しい動物を家族で眺めていたのではないかと推察されます。
肖像画『マリア・テレジアとその家族』を見ると夫フランツ1世の手は女帝を指し、16人の子供のうち13人が描かれ、女帝中心の仲睦まじい一家を連想させます。
シェーンブルン宮殿の魅力は、当時の貴族社会では珍しい恋愛結婚で素敵な家庭を築いた女帝の暮らしぶりを追体験できることではないでしょうか。
また、日本人ならば、帝国崩壊後に荒廃していた「アルプス風庭園」が「日本庭園」として蘇った景観も是非、鑑賞していただきたいと思います。

by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

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