令和の「平成芭蕉」

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平成芭蕉の旅語録

平成芭蕉の旅語録~男鹿半島・大潟が育む人と大地の物語

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男鹿半島・大潟の「大地の公園」ジオパーク

私は平成30年から国土交通省の「地域の魅力を活かした活力ある地域づくり」活動のお手伝いをしてきたこともあり、ジオパークにも関心があっって、今回、大潟村の「ホテル サン ルーラル大潟」に宿泊し、秋田県男鹿半島の『ジオパークでつくる地域の明日』活動の現場視察をしてきました。大潟村には北緯40度、東経140度のラインが交わる点があり、10度単位で交差しているのは日本の陸地では唯一ここだけということでモニュメントが立っています。

ホテルサンルーラル大潟の観光案内

ジオパークとは、地球形成の歴史を楽しみながら学べる「大地の公園」です。 この「大地」には、地形や地層だけでなく、その上に成り立っている山・川・湖沼・温泉等の自然と農林水産物といった恵み、そして大地に暮らす人々が育んだ歴史や文化も含まれます。

このジオパークは、正しくは「男鹿半島・大潟ジオパーク」と呼び、約30km四方に過去7,000万年間の大地の歴史をほぼ連続して観察できる地層がそろっており、日本で2番目に大きかった湖「八郎潟」から誕生した人工の干拓大地からなります。

干拓地の「菅江真澄の道」

すなわち、恐竜が生息していた時期から現在までの大地の歴史と「男鹿のナマハゲ」に代表される文化や歴史、自然、動植物に加え、干拓大地の豊富な恵みが育む食文化やそれらを担う人々の生活など、まさしく「大地と人の物語」が生きています。

「八郎潟」の干拓は日本のコメ不足を解消するための国家プロジェクトとして実施された、日本では他に類の見ない干拓であり、この大潟村に住む人は干拓に携わった方々の3代目と言われています。道の駅「おおがた」に隣接する大潟村干拓博物館には、一代国家プロジェクトであった「八郎潟干拓」についての経緯や干拓と埋め立ての違いなどがわかりやすく展示されていますが、ここは水の下であったため、工事にはかなりの危険が伴ったようです。

大潟干拓博物館

日本の技術だけでは実現が難しく、オランダより招聘した干拓技師と協力してこの大事業を成し遂げましたが、白い貝殻が無数にある様子はかつて干拓地が湖底だったことを物語っています。

そして、この干拓地は海抜より低いので、大潟村には日本一低い山とされる小さな富士山「大潟富士」があり、山頂まで3.776mといわゆる富士山の1/1000のサイズで造られています。山頂の海抜は0mで、その山頂には東西南北の方位を示す石板があり、山頂からの風景は見晴らしが良いのですが、ここでは富士山の高さより、湖底にできた大潟村の壮大さを実感します。

日本一低い山「大潟富士」

男鹿半島のジオサイト巡り

男鹿半島では私はまず、地球活動の痕跡がよく観察できるジオサイトの安田(あんでん)海岸を訪ねました。この海岸には海に沿った崖の西側から東側へ、約50万年前から8万年前までの地層が順番に観察でき、海と陸で形成された地層が交互に続きます。

安田海岸のジオサイト

すなわち、海の時代の貝や陸の時代の植物化石、そして植物が石炭になりかけた亜炭の層が見られ、これらが不整合に堆積しています。

不整合に堆積した安田海岸の地層

そして安田海岸からは「菅江真澄の道」を通り、北緯40度の入道崎を目指しました。入道崎は景勝地として有名で、男鹿半島の西北端、北緯40度線上の絶景を堪能できます。私は男鹿半島から産出される安山岩で造形される北緯40度ラインのモニュメントは覗いた後、「日本の灯台50選」に選ばれている入道崎の象徴「入道埼灯台」を見学しました。

北緯40度のモニュメント

この灯台は白黒の縞模様が印象的で、上ることができ、高さ27.92mの灯台から15秒おきに発光する白い光は37キロ先まで到達するそうです。地名は「崎」、灯台の名前は「埼」、そしてバス停の表示は「入道岬」となっていますが、戦前陸軍が「崎」、海軍が「埼」を使用していたことに由来すると言われています。

入道崎の「入道埼灯台」

入道崎からは男鹿潮風街道を走って「カンカネ洞」に向かいましたが、途中、故・高松宮殿下によって命名された「八望台」に立ち寄りました。出戸時代の紀行家である菅江真澄は、一ノ目潟、二ノ目潟、戸賀湾を望む図絵を残していますが、今も同様の景色を観ることができました。

「八望台」の菅江真澄の碑

加茂青砂集落はずれにある「カンカネ洞」は、岩上険阻で通る人が岸壁に「カギ」をかけて登っていたことから「カギカケの穴」と呼ばれていましたが、カギ(錠前)=カンカネから、いつしか「カンカネ洞」となり、海に面して大きな窓が空いています。

「カンカネ洞」

次に訪れた潮瀬崎は波に浸食された大地が少し隆起してできた波食台で、約3000万年まえの火山の噴出物である火山礫凝灰岩が風化によってさまざまな形に削りだされています。

塩瀬崎のジオサイト

特に「ゴジラ岩」と呼ばれる岩は、口元に夕陽と夕焼け雲が重なると「火を吹くゴジラ」に見えます。また、近くにはゴジラのしっぽ岩、ガメラ岩などもあり、自然の彫刻美術館のような景色です。

「ゴジラ岩」

続いて訪れた館山崎(たてやまざき)グリーンタフと呼ばれる岩は、約2100万年前の火山活動でできた火山礫凝灰岩ですが、このあたりでは熱水などの影響で緑色に変色しました。また、付近にはかつて観音磐と呼ばれていた日本の奇岩百景「ろうそく岩」もあります。

館山崎のグリーンタフ

最後に日本の渚百選にも選ばれている「鵜の崎海岸」に行きましたが、残念ながら干潮ではなかったため、「鬼の洗濯板・小豆岩(あずきいわ)」を見ることはできず、近くのUnosaki  Terraceというレストランで海鮮丼を食べながら縄文海進をイメージしていました。

日本の渚百選「鵜の崎海岸」

特に小豆岩と呼ばれる球体の岩石は、形が愛らしく見えるのでおぼこ岩(おぼこ=小さい子)とも呼ばれ、泥とカルシウムやマグネシウムを含む鉱物がまじった硬い塊であり、満潮の時には頭だけですが、大潮の時期には全体が見えるそうです。

鵜の崎海岸の「おぼこ岩」

当ジオパークでは、自然の観察に適する場所を「自然サイト」、伝統文化やその歴史を感じられる場所を「文化サイト」と分類していますが、今回訪ねた自然サイトの男鹿国定公園だけでなく、文化サイトとしてユネスコ無形文化遺産にも登録されている「男鹿のナマハゲ」など多くの見どころがあります。

男鹿国定公園「カンカラ洞」

男鹿の人々にとってナマハゲは、年の節目にやってきて怠け心を戒め、無病息災、田畑からの収穫、山や海の幸をもたらす来訪神です。大晦日の晩、集落の青年たちがナマハゲに扮して、「泣く子はいねがー、親の言うこど聞がね子はいねがー」などと大声で叫びながら地域の家々を巡り、迎える家では、昔から伝わる作法により料理や酒を準備して丁重にもてなすと言われています。

男鹿のナマハゲ

私は2022年9月2日(金)13時より、クラブツーリズム地域共創事業部が主催するオンライン説明会で「地域に眠っている観光資源の商品化」をテーマに講演しますが、今回訪ねた男鹿半島のジオパークも眠っている貴重な観光資源であると痛感しました。

日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産!

「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されたことを記念して、私はみちのくを旅した芭蕉の研究本『松尾芭蕉の旅に学ぶ』と共に『縄文人からのメッセージ』というタイトルで縄文文化を語り、平成芭蕉の『令和の旅指南』シリーズ(Kindle電子本)として出版しました。人生100歳時代を楽しく旅するために縄文人の精神世界に触れていただければ幸いです。

また、日本人の心に灯をつける『日本遺産の教科書』、長生きして人生を楽しむための指南書『人生は旅行が9割』、感情の老化を防ぐ私の旅日記である『生まれ変わりの一人旅』とともにご一読下さい。

★平成芭蕉ブックス
 ①『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める
 『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅
 『松尾芭蕉の旅に学ぶ 令和の旅指南Ⅲ』:芭蕉に学ぶテーマ旅 「奥の深い細道」の旅
 ④『生まれ変わりの一人旅 令和の旅指南Ⅳ』: 感動を味わう一人旅のススメ
 ⑤『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅

平成芭蕉「令和の旅指南」シリーズ

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

平成芭蕉のテーマ旅行

平成芭蕉の旅語録

平成芭蕉は「検索すればわかる情報」より「五感を揺さぶる情報」を提供します。旅とは日常から離れ、いつもと違う風、光、臭いなど五感を通じて自分を見つめ直す機会です。そしていつもと違う人に会い、いつもと違う食事をとることで、考え方や感じ方が変わります。すなわち、いい旅をすると人も変わり、生き方も変わり、人生も変わるのです。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

 

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