芭蕉さんの旅行術 | 芭蕉さんの旅講座

芭蕉さんの旅行術


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あなたはこれまでの旅行に満足していますか?

この平成芭蕉のブログは

*感動ある旅がしたい
*想い出に残る旅がしたい
*旅で元気を回復したい
*旅からいろいろと学びたい

など、旅を楽しみ、旅で学びたいあなたへのメッセージブログです。
私は還暦を迎えた今日も、旅行のプロとして日本全国、世界各地を巡っていますが、60歳を過ぎてからは「旅」に対する考え方を改めました。
すなわち、忙しい旅からゆとりがあって「ときめき」を感じることのできる「共感」の旅へと転換し人生100歳時代を楽しく、元気よく生きたいと考えたのです。
そこで私は「旅行+知恵=人生のときめき」をテーマとして、旅を愛するあなたに「心のときめき」を感じていただく目的で、この「芭蕉さんの旅講座」を開設しました。
また、最新情報は「平成芭蕉倶楽部」通信として別途配信しています。
私の「芭蕉さんの旅講座」では、次の5つのカテゴリーに分類して旅の紹介をしていますが、この「芭蕉さんの旅行術」は、私が芭蕉さんんの『おくの細道』をはじめとする紀行文から学んだ旅の知恵であり、ノウハウですので参考にしていただければ幸いです。

  1.芭蕉さんの旅行術

  2.平成芭蕉の旅語録

  3.平成芭蕉の世界遺産

  4.平成芭蕉の日本遺産

  5.平成芭蕉のテーマ旅行

平成芭蕉の「平成」という言葉は、中国の歴史書からの引用で

『内(内平らかに外成る)』、『地(地平らかに天成る)』

という「平穏で周囲と仲良くする」といった想いが込められています。

もし、あなたがこれまでの旅行に満足されていない場合はこのブログ記事をまとめた

平成芭蕉のテーマ旅『奥の深い細道』

をご一読下さい。私「平成芭蕉」が、日本全国、世界各地を訪ねた感動の体験記録です。

また、私が同行する「旅行+知恵=人生のときめき」のツアーは下記の番組でも紹介されました。

「平成芭蕉」が案内した「旅スルおつかれ様 ハーフタイムツアーズ」(テレビ東京 11月26日、27日放映分)

前編動画  https://youtu.be/V0rJgAZxE-8

後編動画  https://youtu.be/qywsR5p9Fmw

旅を楽しみ旅で学ぶ「平成芭蕉倶楽部」通信のご案内

いよいよ「平成」も残すところわずか数か月となりました。
そこで、旅を楽しみ旅で学ぶ「平成芭蕉倶楽部」では、このブログでは語れない「人生100歳時代」を楽しく生きる「芭蕉さんの旅行術」のノウハウ平成期間限定無料公開します。
この機会に平成芭蕉倶楽部通信にご登録下さい! 登録は無料です。
ご登録いただきますと、私が実践している「芭蕉さんの旅行術」「旅で元気を回復する方法」など、有益な資料を平成芭蕉倶楽部通信で配信します。
先着500名様には平成芭蕉ことシャーロッキアン黒田尚嗣「シャーロックホームズに学ぶ 旅を楽しむ旅行術」をプレゼントします。

ご希望の方は今すぐ下記よりお申込み下さい。

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「芭蕉さんの格安旅行術」は俳諧をテーマとした旅

私は俳聖松尾芭蕉の生家(三重県伊賀市上野赤坂町)の向かい、上野農人町で生まれ、芭蕉翁の遺髪が眠る愛染院願成寺(上野農人町)「故郷塚」には裏庭から行くことができました。

俳聖松尾芭蕉の遺髪が納められた愛染院の「故郷塚」

そして私は幼少期にその松尾家の菩提寺である愛染院願成寺のご住職より、芭蕉さんについて多くのことを教わりました。
私を含む伊賀上野出身者は、俳聖松尾芭蕉を親しみ込めて「芭蕉さん」と呼びます。
芭蕉さんは俳聖と呼ばれる俳句の達人ですが、旅行業に身を置く私にとっては、俳聖と呼ぶより、我々が参考にすべき究極の「格安旅行術」を身に付けた「旅の達人」と呼ぶのがふさわしいと思います。
芭蕉さんが俳諧を学んだきっかけは、伊賀上野の侍大将、藤堂藩の嫡子である藤堂良忠(俳号は「蝉吟」)に仕えたことです。
良忠は芭蕉さんの良き理解者であり、熱心な文化人でもあって、京都の北村季吟に俳諧を学んでいましたが、その影響で芭蕉さんも俳諧を始めたのでした。
しかし、その藤堂良忠が早逝したため、職を失った芭蕉さんは俳諧を武器に「格安旅行術」を身につけて「旅の達人」となったのです。
すなわち俳諧をテーマとした旅が、支援者を獲得し、自身も「かるみ」を発見するという偉業を生み出したのだと思います。
*「俳諧」とは「俳諧の連歌」の略で、芭蕉さんの時代、「俳句」はその俳諧の最初の一句と言う意味で発句と呼んでいました。

芭蕉さんの功績は「俳句」だけではありません

芭蕉さんの功績の第一は、この貴族のたしなみであった「俳諧」を庶民にも分かり易い「俳句」に改良したことにあり、この功績により「俳聖」と呼ばれています。
しかし、私は愛染院ご住職の話から、芭蕉さんは「俳聖」というより「人間味あふれる行動の人」で、旅行業界にとって模範とすべき「旅の達人」だと思います。
すなわち、芭蕉さんは旅する前に十分な準備を整え、必要に応じて案内人を同行させて、船や馬も利用しましたが、基本的には歩き旅で今日で言うところの価値ある究極の「格安旅行」をしていました。
そして、道中、地元の人とも交流しつつ、地図やガイドブックがない時代に考えながら旅をして、その感想を俳句によって今日の私たちに伝えてくれています。

すなわち、芭蕉さんは旅に出るにあたり

・十分な事前準備と案内人同行

・推理推敲による旅日程と臨機応変な日程変更

・基本的に船旅と歩き旅が主体

・旅先で門人との交流しつつ俳句を詠み、情報収集

という4つの行為を実践し、知恵とコミュニケーションによって格安旅行を価値ある旅とした「旅の達人」なのです。

芭蕉さんの時代における「旅」事情

旅(Travel)の語源は苦労(Travail)にあり、「困難(Trouble)」やそれを回避するための「移動Transfer)」が本来の意味でした。
日本語の「旅(たび)」という言葉も、諸説ありますが、食べ物を乞う「給(た)べ」、他人の食卓で食べる「他火」、他の場所で一日過ごす「他日」と言った言葉から来ています。
その「旅」が庶民に広がった芭蕉さんの生きた元禄時代、「伊勢参り」「善光寺詣」も道中、決して楽ではなかったはずです。
芭蕉さんも紀行文『おくの細道』の中で、芭蕉さん自身が旅にあって苦労する修行の句を多く詠んでいますが、みちのくを旅した結果、「不易流行」という俳諧の本質を発見し、芭蕉さん自身も大いに満足したのではないでしょうか?
今日、私たちは気軽に日本国中、世界各地へ気軽にレジャー目的で旅することができます。
しかし、旅の有難みや満足度は昔に比べて下がって来ているように思います。

芭蕉さんの教えは「旅行+知恵=人生のときめき」

旅行に行って今一つ満足感が得られなかった場合の原因としては

・旅の準備や事前勉強が不十分でガイドなし(バスガイド同乗は稀)
・情報過多で自らが推理し、考えることをしなかった(スマホの普及)
・旅先で歩く機会が少なかった(交通手段の発達)
・旅先で人との交流がなかった(コミュニケーション不足)

が挙げられます。

逆に、旅する前に勉強と推理、異郷の地を歩いて現地の人と対話する機会を増やし、加えて案内人さんの解説があれば、旅の満足度は上がると思います。
そこで、私は自身の体験から旅の満足度を上げる手法と旅の達人である芭蕉さんの「旅の知恵」を整理してみました。
そして感じたことは、芭蕉さんの教えは「旅行+知恵=人生のときめき」であり、旅行の仕方によって人生が変わるということです。

芭蕉さんは現代にも通用する「旅の達人」です!

もし芭蕉さんが「おくの細道」という紀行文を残していなければ、東関東を訪れる旅行者の楽しみは減り、もっと言えば旅行会社の東北企画担当者の商品ラインナップは減っていたはずです。
すなわち、芭蕉さんは俳聖であるだけでなく、旅行業界の大恩人です。
また、現代に通じる「旅の語り部」であり、「旅の達人」でもあると思います。
そして、さらに我々が学ぶべきところは、旅に出るための旅費の工面の仕方や現地での資金調達方法等も含む芭蕉さんの「旅行術」です。
すなわち、芭蕉さんの旅ほど費用対効果のすぐれたものはありません。私も同じ旅費で価値ある旅ができるように芭蕉さんから学ぶべく、ペンネームを「平成芭蕉」としました。
私は芭蕉さんの同郷として芭蕉さんの知られざる人間性を考察し、芭蕉さんの「旅」だけでなく、代表的な「俳句」に対する所見もここでお話ししたいと思います。

by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

芭蕉さんの旅の目的

☝《タイトルをクリックして解説記事もご覧下さい》

芭蕉さんは「おくの細道」の冒頭の段に「松島の月まづ心にかかりて…」と宮城県の松島を訪ねるのが目的のひとつと書いていますが、実際はこの「蕉風開眼」をきっかけに真の俳諧を探求することが旅に出る真の目的だったと思います。
そして芭蕉さんが崇拝する西行法師の500回忌にあたる元禄2(1689)年、門人の曾良を伴って奥州、北陸道を巡った紀行文が「おくの細道」です。
「古人も多く旅に死せるあり」と記した芭蕉さんは、住んでいた家も人に譲って覚悟の上でみちのくの旅に出ました。
もともと古人が旅の途上で死んだのは覚悟の上ではありません。しかし芭蕉さんは死を覚悟の上で旅に出ました。
この強い意思と行動力が芭蕉さんの魅力であり「旅の達人」の秘訣です。
すなわち、具体的な目的意識をもって旅にでれば、旅の満足度も上がると思います。

「おそれ」を克服した芭蕉さんの旅

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かつての旅はいつも危険と隣り合わせで、西行に憧れて旅をした芭蕉さんも『奥の細道』の中で自身が旅にあって苦行する修行の句を多く詠んでいます。
冒頭には「古人も多く旅に死せるあり」と記していますが、もともと古人が旅に死んだのは覚悟の上ではありません。
しかし芭蕉さんは俳諧に対する求道精神から決死の覚悟で旅に出たのです。
これは日本人の武士道精神に通じるものがあり、芭蕉さんの「惧れ」に挑む強い行動力と意志こそが、今も私たちを「芭蕉の足跡をたどる旅」に誘うのです。
歴史を振り返るとこれらの「おそれ」を克服し、畏怖しつつも魅了される「おそれ」に挑む旅こそが人を進化させるのではないでしょうか。
芭蕉さんもみちのくを旅して、心の「惧れ(おそれ)」を克服した結果、「不易流行」という俳諧の本質を発見し、「俳聖」になったのです。

芭蕉さんの観察眼を守る「眼病対策」

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芭蕉さんは旅を通じて俳諧の道を究めたのですが、私はその成功は芭蕉さんの観察眼にあったのではないかと思います。
なぜなら、私が「旅行+知恵=人生のときめき」であることに気がついて、旅から多くのことを学べるようになったのは、シャーロックホームズの観察眼があったからと思えるからです。
しかし、私も還暦を過ぎてからは視力の低下と老眼の進行を感じるので、私が観察眼を維持するために取り組んでいる眼病対策を「芭蕉さんの旅行術」としてご紹介したいと思います。

  • 老眼鏡をかけて遠くをぼんやり眺める
  • 外出時はなるべくサングラスをかける
  • ホットタオルで目を温める
  • パソコンやスマホの輝度を下げる
  • パソコンは50㎝以上、スマホは40㎝以上離して見る
  • ほうれん草などの緑黄色野菜、青魚を積極的に摂る
  • 年に一度は眼下専門医に診てもらう

特に、1の安い老眼鏡をかけて遠くの景色をぼんやりと眺める予防法はお薦めです。
老眼鏡は本来、手元を見やすくするための眼鏡であり、これをかけて遠くを見ると、眼科医の先生の話では、目の水晶体の厚さを調節する「毛様体筋」という筋肉を弛緩させ、結果的に老眼症状が緩和するのです。
また、やはり紫外線は目に良くないので、年をとれば2のサングラスも必要です。
私の「60歳からの旅行術」では、この老眼や白内障、緑内障などの加齢による眼病対策も大切なのです。
眼病が悪化すると[「頭痛」や「肩こり」のような2次的症状もでてきますので、注意しましょう。

芭蕉さんのコミュニケーション術は「聞く力」と「イメージ力」

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芭蕉さんは観察眼も確かでしたが、全国各地をめぐって門人たちと語らっているので、コミュニケーション術も優れていたと思われます。
言葉でのコミュニケーションで重要なことはまず、人の話を「聞く力」です。
しかし、方言などについては、聞く力以上に推理したり「イメージする力」が大切です。
すなわち、人の話を正しく「聞く」には、話し手の言葉を聞いてその意味を頭の中で思い描く必要があるのです。
例えば「コノ シロイ イヌ ハ、 オモシロイ」と聞こえたならば、一般には「この白い犬は、面白い」と理解します。
しかし、その会話の状況と話し手のイントネーションによっては「この白い犬は、尾も白い」が正しい場合もあるのです。
これは文章でいうところの「行間を読む」ことに通じ、相手の話の世界に想いを馳せ、その場の空気を読むことで正しく相手が伝えたいことを理解できるのです。
芭蕉さんの時代もみちのくの方言は聞こえても理解しにくい言葉が多々あったはずですが、、芭蕉さんは句会という場の空気を読んで相手の伝えたいことを推理していたと思われます。

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