平成芭蕉の日本遺産 大阪府泉佐野市「中世日根荘の風景」 | 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座

令和の「平成芭蕉」

令和の「平成芭蕉」

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産 大阪府泉佐野市「中世日根荘の風景」

更新日:

Pocket

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産

この「平成芭蕉の日本遺産」は、単なる日本遺産登録地の紹介や旅情報の提供ではなく、「平成芭蕉」を自称する私が、実際に現地を訪れて、地元の人と交流し、私が感じたことや認定されたストーリーに対する私自身の所見を述べた記録です。

日本遺産の地を旅する~大阪府泉佐野市「中世日根荘の風景」

地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーを認定する、2019年度の日本遺産に大阪府泉佐野市の「旅引付(たびひきつけ)と二枚の絵図が伝えるまち~中世日根荘(ひねのしょう)の風景」が選ばれました。

泉佐野は私の父の会社の工場があった場所で、新鮮な魚介類を安く売っている泉佐野漁協の青空市場もあるので、早速、行ってみることにしました。

日根荘(ひねのしょう、日根野荘)は、五摂関家の1つであった九条家の荘園で、文亀元年(1501)年から4年間、前関白の九条政基が日根の長福寺に滞在して領地の直接管理に当たっていた間、「政基公旅引付(たびひきつけ)」という日記を残し、村の祭りや、罪人が捕らえられる様子、寺の住職が酒でもてなしてくれたことなどが記されています。

九条政基が滞在した長福寺跡

九条政基が滞在した長福寺跡

「旅引付」と共にストーリーの基となった「日根野村絵図(宮内庁所蔵)」には、鎌倉時代末期頃の日根荘の様子が描かれており、田畑を潤す「ため池」や「水路」に加えて社寺も明記されています。

佐野市の文化財保護課によると「日根荘は鎌倉時代の天福2年(1234)年に九条家の領地(荘園)として成立し、戦国時代の享禄3年(1530)頃まで、中世の荘園の様子が確実な史料として残っている例は全国でも珍しく、魅力ある農村の景観が現在に受け継がれていることが評価された」としています。

九条家の領地「日根荘」

九条家の領地「日根荘」

日根荘遺跡の国宝「慈眼院多宝塔」と日根神社

私はまず、境内が「日根荘遺跡」の一部として国の史跡に指定されている慈眼院(じげんいん)に参拝し、石山寺多宝塔、金剛三昧院多宝塔とともに日本の多宝塔の中で三名塔の一つとして知られる国宝の慈眼院多宝塔を見学しました。

国宝「慈眼院多宝塔」

国宝「慈眼院多宝塔」

この寺は天武天皇2年(673)に日根神社の神宮寺として、井堰山願成就寺無辺光院の名前で開創されましたが、天正13年(1585)に、豊臣秀吉の根来寺攻めの兵火により、金堂、多宝塔を除く全山が焼失したと言われています。

隣接する日根神社は、社伝によると神武天皇(カムヤマトイワレビコノミコト)東征時、神武天皇が河内から大和に入る時に長髄彦(ナガスネヒコ)との戦で敗れ、野原が広がる当地まで退却し、ここで「日」(天)の神である天照大御神と「根」(黄泉)の神である須佐之男命を祀ったところ、戦に勝って大和を平定することができたので、この地を「日根野」と名付け、社名は日根神社とされたと伝えています。

桃山時代の入母屋造り日根神社本殿

桃山時代の入母屋造り日根神社本殿

 
日根神社は霊亀2年(716)に制定された和泉五社のうちに数えられており、立派な参道があって、桃山時代の入母屋造による本殿は大阪府の有形文化財に指定されています。

由緒ある日根神社を参拝した後は、菅原道真公を祀った総福寺天満宮、竜宮大明神の火走神社を参拝し、「史跡日根荘遺跡」の長福寺跡の美しい田園風景を堪能しながら九条政基の気分を味わいました。

日根荘の美しい田園風景

日根荘の美しい田園風景

泉佐野「原始の森」にある霊場 犬鳴山の七宝瀧寺参拝

犬鳴山七宝龍寺への参道

犬鳴山七宝瀧寺への参道

そして、日根荘の日本遺産ストーリーを一通り巡った後は、かねてより行きたかった「原始の森」と呼ばれる犬鳴山の七宝瀧寺を訪ねました。

この犬鳴山は日常の空間とは異なる緑深い霊場で、かの修験道の霊場、大峰山よりも早く開かれたことから元山上と呼ばれ、葛城二十八宿修験根本道場(和歌山の加太から柏原までの二十八箇所の葛城山脈に役行者が法華経を納めた経塚、行場)になっています。

大峰山は現在も男性のみの霊場ですが、七宝瀧寺は女性も行ができる女人の霊場でもあり女人大峰とも呼ばれ、それ故に一般の人も修行体験ができる霊場です。

本尊は倶利伽羅大龍不動明王で、役ノ行者の自作とされ、災難除け、身代不動明王として古来より深く尊信されています。

この倶利伽羅大龍不動明王という御本尊の不動明王は、人間的な立像として表現されていますが、剣に巻きつく倶利伽羅とはクンダリニーという「ヒンドゥーの伝統的エネルギーそのもの」を表現しているように感じました。

倶利伽羅不動明王

倶利伽羅不動明王

「七瀧に心きよめて不動尊 祈る願いの叶わぬはなし」

と心願成就にはもってこいの霊場です。

なお、この山がなぜ「犬鳴山」と呼ばれるようになったかを調べると、次のような伝説がありました。

昔々のある日、猟師がこの地で狩りをしていたところ、突如連れていた犬が激しく吠え出し、「こいつのせいで獲物が逃げてしまった」と怒った猟師は、山刀で犬の首をはねてしまいます。

ところが、犬の首は猟師の背後へと飛び上がり、その背後で猟師を襲おうと狙っていた大蛇を噛み殺したのです。

このことに感じ入った猟師は犬の亡骸を弔い、七宝龍寺の僧となってその菩提を弔うことに生涯を費やしました。

この言い伝えから、今もこの山にはその義犬の姿をかたどった像が残されています。

今回、日本遺産に認定された泉佐野市の日根荘は、美しい田園風景が広がる棚田ですが、少し離れたところには海の幸の青空市場から犬鳴山のような自然の中で温泉を楽しめる山深い秘境「原始の森」もあり、とても都会の大阪とは思えない魅力的な場所でした。

「原始の森」犬鳴山霊場

「原始の森」犬鳴山霊場

旅引付と二枚の絵図が伝えるまち―中世日根荘の風景―

日本遺産ストーリー 〔大阪府:泉佐野市〕

今から800年前、泉佐野市は上級貴族、九条家の領地「日根荘」でした。

ここには二枚の荘園絵図と九条政基が書いた「旅引付」という日記が残されています。

絵図には緑豊かな風景に、田畑に恵の水を注ぐため池や水路、社寺などが描かれ、日記には500年前の村の生活や人々の様子がいきいきと記されています。

荘園の地を創り、中世から受け継がれてきた現在のこの風景は、絵図や日記に描かれた魅力ある農村景観へと誘ってくれるのです。

令和2年1月24日(金)「中世日根荘の風景」日本遺産認定記念シンポジウム開催

関西国際空港のある泉佐野市では、昨年、日本遺産認定された「旅引付と二枚の絵図が伝えるまち~中世日根壮の風景~」というストーリーをテーマとした未来の観光とまちづくりを考える目的で1月24日(金)、泉佐野市「エブノ泉の森ホール」にて日本遺産認定記念シンポジウムが開催されます。

本シンポジウムでは、歴史研究家の河合敦先生による「わかりやすい中世荘園”日根荘遺跡”と旅引付の世界」の講演が予定され、また私、平成芭蕉も「中世荘園”日根荘遺跡”を活かした観光都市~泉佐野」というテーマで講演させていただきます。

しかし、私は伊賀流忍者のルーツとされる三重県名張市黒田荘出身ですので、この機会にこれまで語らなかった「伊賀流忍者と荘園」についてお話ししながら日根荘の魅力を語りたいと考えています。

この日本遺産認定記念シンポジウムは下記の内容で行われ、基調講演の後にはパネルディスカッションも予定されていますので、是非とも会場にお運び下さい。

◆主 催/泉佐野市・日本遺産日根荘推進協議会  ◆後 援/泉佐野市教育委員会

日時:令和2年1月24日(金) 13時00分~16時30分(予定)12時30分開場

会場:エブノ泉の森ホール 小ホール

定員:150名

申込:事前申込(先着順)

入場料:無料

内容:基調講演 第一部 
    テーマ 世界一わかりやすい中世荘園「日根荘遺跡」と旅引付の世界
         歴史作家・歴史研究家 多摩大学客員教授 河合 敦氏

日本史に刻まれる「荘園」や「遺跡」を、堅いイメージではなく、歴史の意外なエピソードや真実を交えて、子どもから大人まで、わかりやすく旅引付の魅力を講演します。          

    基調講演 第二部
    テーマ 中世荘園「日根荘遺跡」を活かした観光都市 泉佐野      
         クラブツーリズム株式会社 テーマ旅行部 顧問 黒田 尚嗣氏
 
「日根荘遺跡」と文化的景観としての価値と、荘園絵図や「旅引付」に描かれた500年前の人びとのくらしと今や、中世から受けつがれてきた現在の風景と魅力の伝え方など、日本遺産を活かした観光とまちづくりについて講演します。
    
    アトラクション 五社音頭保存会

問合先:いずみさの日本遺産 事務局
       TEL:06-6110-5220(受付時間:平日10時~17時)

by 【平成芭蕉こと黒田尚嗣】

 

Follow me!

Pocket

令和の「平成芭蕉」

令和の「平成芭蕉」

-平成芭蕉の日本遺産

Copyright© 【黒田尚嗣】芭蕉さんの旅講座 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.