令和の「平成芭蕉」

令和の「平成芭蕉」

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産 北前船の寄港地として栄えた港町 山形県酒田市

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日本遺産の地を旅する~出羽三山から北前船の寄港地として栄えた酒田へ

丑年の2021年は自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』出羽三山が注目されています。出羽三山では、それぞれの開山の年を御縁年(羽黒山/午・月山/兎・湯殿山/丑)としていますが、最後の湯殿山が開かれた年が丑年であったことから、開山成就の丑年が「山の御縁年」とされ、丑年にお参りをすれば12回お参りをしたのと同じご利益があると言われているのです。

湯殿山本宮神社の鳥居

そして、この出羽三山参りの拠点となる山形県酒田市は、北前船の寄港地として栄えた港町で、北海道函館市、北海道松前町、青森県鰺ヶ沢町、青森県深浦町、秋田県秋田市、新潟県新潟市、新潟県長岡市、石川県加賀市、福井県敦賀市、福井県南越前町とともに、「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」として日本遺産に認定されています。

日本遺産の酒田の街並み

江戸の人口増加により、米の需要が増したため、幕府は河村瑞賢に出羽国の城米(年貢米)を江戸へ直送するように命じました。そこで、河村瑞賢は酒田より下関を回り瀬戸内海から大阪を経由して江戸への西廻り航路を開いたのです。

西廻り航路を開いた河村瑞賢

そのため、酒田はこの航路によって「西の堺、東の酒田」と呼ばれる、東北随一の商業都市へと発展し、華やかで自由闊達な京の文化が開花しました。

河村瑞賢は伊勢の出身で、安全・確実・迅速に本州をグルリと一回りできる海路の「東廻り」と「西廻り」航路を開き、畿内の治水事業も行った偉人ですが、その河村瑞賢像の建つ日和山公園には、300余年前の御米置場(河村瑞賢庫跡)、常夜灯、日本最古級の洋式木造六角灯台などが残っており、北前船として活躍した千石船も2分の1で再現されています。

北前船として活躍した千石船

この山王の森に隣接した日和山公園は、素晴らしい景観と共に、松尾芭蕉の像や芭蕉句碑の他、野口雨情や斎藤茂吉などの多くの文学碑が建てられ、江戸時代から昭和にかけて酒田を訪れた文人墨客を紹介しています。中でも芭蕉が詠んだ

「暑き日を 海にいれたり 最上川」

日和山公園の芭蕉句碑

の俳句は、私が公園を訪れた日も暑かったので、さすが芭蕉さんだと改めて感服しました。

この公園は日本海に沈む夕陽の名所なので、「暑き日を海にいれたる」とは、「暑かった一日が最上川によって海に流されていく」の意と「暑い夕陽が最上川によって海に沈められていく」といったような意味も含まれていると思います。

湊まち酒田の文化を堪能できる観光施設の舞娘茶屋「相馬樓

日和山公園を散策した後は、湊まち酒田の文化を堪能できる観光施設の舞娘茶屋「相馬樓」で舞娘演舞を鑑賞しました。昼食をとった寿司割烹「鈴政」に近く、茅葺の屋根と朱色の塀が印象的なこの舞子茶屋は、時代の流れに抗しきれずに幕を下ろした料亭「相馬屋」が、平成12年に「舞娘茶屋 雛蔵畫廊 相馬樓」として新たな息吹を加えられて、観光施設として今日の美しい佇まいに甦ったのです。

舞娘茶屋「相馬楼」の玄関

玄関を入ると、正面に鮮やかな金箔の松竹梅と扇、鼓のレリーフが迎えてくれ、樓内は赤の絨毯と見紛うほどの、緋毛氈(ひもうせん)に導かれる迷宮の別世界です。樓内には「雛蔵畫廊(ひなくらがろう)」の名前が示すように雛人形が常設された「雛の蔵」があり、そして樓主、新田嘉一氏のコレクションである、横山大観や河合玉堂といった芸術家たちの美術品等が展示された「蔵画廊」と繋がっています。

相馬楼の雛人形

かつての厨房は、舞娘さんたちのお踊りのお稽古場に改装されていて、酒田舞娘の踊りは二階大広間の演舞場で鑑賞しました。そして舞娘さんの踊りが終了した後、舞娘さんとの記念撮影の時間が設けていましたが、有難いことに私は藤間流師範の藤間好百合さんからも貴重なお話もお伺いすることができました。藤間好百合さん(小鈴姐さん)は、酒田舞娘の育成に尽力されており、酒田市の花柳界伝承舎「酒田小鈴」を主宰されています。

相馬楼舞娘さんと平成芭蕉

酒田舞娘の話を聞けば聞くほど、この伝統文化は継承し、後世に伝えていくべきだと思いました。

また、この相馬樓内1階には「竹下夢二美術館」が併設されており、相馬樓は「竹下夢二美術館」でもあります。武久夢二は「大正の浮世絵師」と呼ばれた大正ロマンを代表する画家で、数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人」と称されました。

竹久夢二美術館を併設する「相馬楼」

夢二は酒田が気に入ったようで、三度、酒田に滞在して精力的に創作活動を行ったため、この地に残された多くの肉筆画や版画に触れることが出来るのです。この美術館では、夢二自身が撮影した美人写真が、いくつかの瓜二つの美人画の横に添えて展示されていて、写真から夢二がイメージして作品へと昇華させた過程に思いを馳せることが出来ました。

港町のロマンがあふれる酒田界隈

本間家と庄内藩米倉庫の山居倉庫

酒田舞娘の踊りを鑑賞した後は、NHKのテレビ小説「おしん」の舞台となった山居倉庫に立ち寄りました。山居倉庫は、旧庄内藩の酒井家が本間家の資金で酒田米穀取引所付属倉庫として建てたもので、倉庫の一棟が庄内米歴史資料館として公開されています。

山居倉庫のケヤキ並木

有名な西側のケヤキ並木が夏の高温を防ぎ、また二重の屋根で湿気を防ぐ工夫がなされており、この自然を利用した先米の低温管理の知恵には感銘を受けました。

また、譜代大名であった酒井家に資金を投じた本間家は、酒田を拠点に金融業や米取引、そして北前船交易などで莫大な富を築き、新田開発にも力を注いた大地主で、その繁栄ぶりは「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」とうたわれたほどでした。

悠久の文化を伝える本間家旧本邸

市内にある本町通に面した本間家旧本邸は、本間家三代光丘が幕府の巡見使一行を迎えるための宿舎として新築し、庄内藩主酒井家に献上した、長屋門構えの武家屋敷です。そして、巡見使一行が江戸に戻ると、その武家造りと商家造りが一体となった屋敷を酒井家から拝領し、商家造りの方で昭和20年(1945)の春まで住んでいました。

旧本間家邸宅の門

本間光丘は大凶作の年に、備蓄米を以て窮民を助け、さらに砂丘の植林事業も行い、人々は光丘の鉱石を讃え、植林した地域を「光ヶ丘」と命名、光丘神社を建立しました。また、本間家が大地主になった経緯は、飢饉で荒れた田畑を買い取り、長い年月をかけて美味しい庄内米が収穫できるようにしたことで、これが今に繋がる庄内平野の基となったのです。

「日本永代蔵」に紹介された酒田を代表する廻船問屋「旧鐙屋」

また、同じ本町通りに面した旧鐙屋(あぶみや)は、酒田を代表する廻船問屋で、江戸時代を通じて繁栄し、日本海海運に大きな役割を果たした姿を今に伝えています。本姓は池田ですが、領主最上義光から「鐙屋」の屋号を与えられてからは、鐙屋惣左衛門と称するようになり、酒田三十六人衆として町年寄役も務めていました。

旧鐙屋

その鐙屋の繁栄ぶりは、井原西鶴の「日本永代蔵」に、「ここに酒田の町に、鐙屋といへる 大問屋住けるが、昔はわづかなる人宿せしに、其身才覚にて、 近年次第に家栄へ、諸国の客を引請、北の国一番の米の買入れ、 惣左衛門といふ名をしらざるはなし。」と紹介されており、鐙屋の東側には、 元禄二年、酒田へ来遊した芭蕉を迎えた伊東不玉宅がありました。

松尾芭蕉を迎えた不玉邸跡

今回は出羽三山の生まれ変わりの旅から酒田を訪れましたが、料亭の「山王くらぶ」では北前船で賑わった時代を感じさせてくれました。また街の景観は移り変わる四季とともに、様々な表情を見せてくれ、風情溢れる港町です。

旧料亭の「山王くらぶ」

荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間~ 北前船寄港地・船主集落

日本遺産ストーリー〔山形県:酒田市他6市4町〕

日本海沿岸には、山を風景の一部に取り込む港町が点々とみられます。そこには、港に通じる小路が随所に走り、通りには広大な商家や豪壮な船主屋敷が建っています。また、社寺には奉納された船の絵馬や模型が残り、京など遠方に起源がある祭礼が行われ、節回しの似た民謡が唄われています。

これらの港町は、荒波を越え、動く総合商社として巨万の富を生み、各地に繁栄をもたらした北前船の寄港地・船主集落で、時を重ねて彩られた異空間として今も人々を惹きつけてやみません

日本の縄文文化「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産!

「北海道と北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に登録されることを記念して、私はみちのくを旅した芭蕉の研究本『松尾芭蕉の旅に学ぶ』と共に『縄文人からのメッセージ』というタイトルで縄文文化を語り、平成芭蕉の『令和の旅指南』シリーズ(Kindle電子本)として出版しました。人生100歳時代を楽しく旅するために縄文人の精神世界に触れていただければ幸いです。日本人の心に灯をつける『日本遺産の教科書』、長生きして人生を楽しむための指南書『人生は旅行が9割』とともにご一読下さい。
★平成芭蕉ブックス

 ①『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅

 ②『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める

『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅

 ④『松尾芭蕉の旅に学ぶ 令和の旅指南Ⅲ』:芭蕉に学ぶテーマ旅 「奥の深い細道」の旅

平成芭蕉「令和の旅指南」シリーズ

私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

平成芭蕉の日本遺産

平成芭蕉の日本遺産

この「平成芭蕉の日本遺産」は、単なる日本遺産登録地の紹介や旅情報の提供ではなく、「平成芭蕉」を自称する私が、実際に現地を訪れて、地元の人と交流し、私が感じたことや認定されたストーリー対する私自身の所見を述べた記録です。

「令和の旅」へ挑む平成芭蕉

★関連記事:平成芭蕉の旅のアドバイス「旅して幸せになる~令和の旅」

*「平成芭蕉の旅物語」サイトマップ参照

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