平成芭蕉の旅語録

由緒ある神社仏閣が残る伊勢原比々多地区

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平成芭蕉の旅語録「日本遺産の大山詣り(大山・比々多地区)」

大山阿夫利神社と勝海舟

大山阿夫利神社の社務所で権禰宜の目黒久仁彦さんより能楽堂に案内していただき、阿夫利神社の由緒や火祭り薪能の話をしていただきました。

また、能楽堂脇には海舟神社が祀られていますが、これは大山阿夫利神社中興の祖、権田直助勝海舟が親交があったため、洗足池の別荘から移設し、阿夫利神社としての神格が与えられた珍しい神社です。

私は勝海舟の玄孫である高山みな子さんにはお世話になっていますので、こちらにもお参りさせていただきました。

今回はケーブルカーで阿夫利神社下社大山寺を参拝しましたが、やはり女坂から七不思議を巡りながらお参りしたほうが「大山詣り」らしく感じます。

大山講を迎える先導師と宿坊

大山詣りの後は伝統ある宿坊の一つ「おおすみ山荘」のご主人であり、大山詣りを今に伝承する先導師でもある佐藤大住さんからお話しをおうかがいしました。

佐藤さんからは御師(おし)と呼ばれた先導師の話や「大山詣りは信仰2割、娯楽が8割で、江戸っ子たちにとっては一種のステータスであり、大山詣りに一緒に出掛けて初めての一員、すなわち共同体の一員と認められた」といった大山詣りの歴史を語っていただきました。

また、宿坊内の祭壇には納め太刀が飾られており、一般的な神殿とは異なる雰囲気で、宿坊と講との深い関係が理解できました。

「おおすみ山荘」は大山講の客が中心で、私は一般観光客向けの個室を備えた宿坊「あさだ旅館」で宿泊、大山の清水で育まれた豆腐料理を堪能し、露天風呂で季節の移ろいを感じさせていただきました。

比々多地区の聖峰不動尊と比々多神社周辺の古代遺跡

宿坊を出発して最初に向かったのは比々多地区の聖峰不動尊です。

聖峰不動尊は初日の出を拝むパワースポットで知る人ぞ知る穴場ですが、九十九曲でなく、女坂を登るのもなかなか大変で、山城の視察に来ているように感じました。

しかし、標高375mの頂からの眺めは素晴らしく、不動明王を祀った祠堂もあって、案内板によれば、平安時代に紀州の僧・子の聖が修行の場として建立したと書いてあり、歴史のある場所でもあります。

聖峰不動尊にお参りした後は、三之宮比々多神社に参拝し、禰宜の永井さんには丘の上にある元宮にもご一緒していただきました。

比々多神社は平安時代の延喜式の記録に残る古社で、霊山大山をご神体に仰ぎ、はるか縄文時代の昔からパワースポットでした。その証拠に境内からは縄文時代の土器や古墳時代の勾玉などが出土しており、元宮に向かう境内に流れる空気には癒しの力を感じました。

私はこのあたりをかつて「矢倉沢往還」という街道の下見の時にも歩いており、その際、しだれ桜で有名な三島神社を訪ねたことを思い出しました。

皇室ゆかりの妙寶山勝興禅寺の薬師如来

今回はその三島神社の近くにある皇室ゆかりの妙寶山勝興禅寺を参拝し、ご住職にご案内いただいたのですが、ここの客殿は池袋の祥雲寺より移築された旧伏見宮邸「請見(しょうけん)の間」で、廊下には唐ヒノキの一枚板が使われており、秋篠宮様も見学に来られた価値ある建造物です。

また、御本堂も300年以上前の創建で、当時の様式が残されていますが、御本尊の薬師如来坐像は南北朝時代の作と言われています。

薬師如来は、西の方角の極楽浄土にいらっしゃる阿弥陀如来に対して、東の瑠璃光浄土に住んいらっしゃるので、正しくは「東方瑠璃光薬師如来」と呼びます。

阿弥陀如来は死後の安らぎを与えてくださいますが、薬師如来は生きている現実の安らぎを与えてくださる仏の世界のお医者様です。

通常、薬師如来は、お医者様が付き添いに看護婦さんを伴うように、「薬師三尊」として両脇に日光菩薩月光菩薩が控えることが多いのですが、この勝興禅寺の薬師如来の脇侍は、「地蔵菩薩」「阿弥陀如来」でとても珍しい組み合わせです。

すなわち道祖神の性格を有する地蔵菩薩が子供の頃から付き添い、今は主として薬師如来、そして死後には阿弥陀如来がお導き下さるということでしょうか。

禅の教義に不立文字(ふりゅうもんじ)という「文字や言葉ではなく体験によって伝えるものこそ神髄である」という教えがありますが、この比々多地区の寺社詣りは、まさに不立文字の世界で、私も文字や言葉だけではとても感動を伝えることはできません。by【平成芭蕉

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