平成芭蕉のテーマ旅行

平成芭蕉のテーマ旅『奥の深い細道』

旅するのはとても楽しい娯楽です。
しかし、旅は体験を通じて有形無形の教養を身に付ける手段でもあります。
私は旅で学ぶと同時に旅そのものについても学んでいます。
古事記に収録されている倭健命の歌に

「倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく
青垣 山ごもれる 倭(やまと)しうるわし」
(大和は国々の中でも格別に優れた国だ。
幾重にも重なる青々と木々の茂った山々。
その山々に囲まれた大和こそは本当に美しい国だ。)

があります。この歌に登場する『まほろば』とは『まほら』と同意で「すぐれたよいところ」という意味の古語です。

ちなみに「観光」という言葉は中国の『易経』では、「国の光を観る」という意味で、国の将来を占う大事な国見という行為でした。
そして「国の光」とは各地の自然環境やそこで営まれてきた人々の暮らしや文化を指します。

そこで、国を治める者(帝)はこれらに接することにより心身共に豊かになり、その土地の『まほら』から新たな光を発することができたと言われています。

そして、私はこの『まほら』を探求するテーマ旅の企画を実践し、「旅行から人生が変わる」体験を平成芭蕉のテーマ旅『奥の深い細道』としてまとめました。

 

新時代のテーマ旅行は「旅+知恵=人生のときめき」

私が研究員を務める「旅の文化研究所」では、この光を発する伝統的な旅のテーマを『まほら』という機関誌で紹介しています。

そしてこのたび、平成30年4月から「旅行読売」誌上で「こんな旅がしたい」という題目で少し難解であった『まほら』の記事を分かりやすく紹介させていただくことになりました。

そこで、本ブログでもご紹介する「テーマの旅」で知恵を身に付けて、これまでの旅行では味わえなかった「人生のときめき」を感じていただきたいと思います。

すなわち、平成芭蕉の「旅+知恵=人生のときめき」をコンセプトとした新時代の「テーマ旅行」です。

by 【平成芭蕉

<タイトルをクリックすると解説記事があります>

「港」をテーマとした旅

港は景観や夜景が美しい場所というだけでなく、横浜港のように貿易等の商取引が行われた国の重要な拠点でもあり、古代より「港は生命なり」と言われてきました。

また、港は出会いと別れの場所で、北前船が入港した北海道の江差に唄い継がれる『江差追分』のなかには「松前江差の津花の浜で好いたどうしの泣き別れ、連れていく気は山々なれど女通さぬ場所がある」と江差で別れなければならない男女の悲しい情景が詠まれています。

私はこの男女の悲しい別れの江差港も印象に残っていますが、ソ連からの引揚船で帰ってくる息子を待ち続けた「岸壁の母」の舞台である舞鶴港は是非訪ねていただきたいと思います。

「空」をテーマとした旅

列車の窓から移りゆく風景を眺め、地上から青空に映える新緑や紅葉を鑑賞する旅も楽しいですが、空から眼下に展開する世界を楽しむのは航空機で旅する時代に生まれてきた私たちの特権だと思います。

そしてその「空の旅」でしか楽しめない代表的な観光地は、ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」でしょう。

この地上絵が発見されたのは1927年、航空機が地上絵上空を飛行するようになったことがきっかけだとされていますが、最近ではグーグルアースで地上絵に引かれた線を延長すると、それらの線がカンボジアのアンコール・ワットで交差することが証明され、私はナスカからその対蹠点にあたるアンコール・ワットへ飛んでみたくなりました。

「地図」をテーマとした旅

旅の進化は街道の整備と共に道案内となる地図や旅行案内図絵刊行の影響が大きく、江戸時代に盛んとなった「お伊勢参り」も歌川広重の『東海道五拾三次』『伊勢参宮西国巡礼行程之図』という出版物の果たした役割が大だと思います。

実際に旧東海道から伊勢本街道に出て街道筋の松阪市内を歩くと三井家を始めとする松阪商人の館が往時を思い起こさせてくれますが、この松阪出身の松浦武四郎も2018年は生誕200年という節目を迎えます。

彼は「北海道」という地名の命名者であり、アイヌ民族の理解者として蝦夷地を踏査、『東西蝦夷山川地理取調図』を出版しています。

2018年は没後200年の伊能忠敬及び生誕200年を迎える「北海道」の命名者、松浦武四郎の足跡を追って「地図の旅」を楽しむ絶好の機会だと思います。

「巡礼」をテーマとした旅

日本の巡礼は「巡拝」にも似ており、伊勢参宮や西国33か所、四国88か所遍路など、聖地や霊場を順に参拝して信仰を深め、心身の蘇りや新生の御利益を得るための行為で、往路は修行的な意味があっても復路は慰安や観光の旅に移行する場合が多く

「伊勢参り、大神宮にもちょいと寄り」

と川柳の一節にも紹介されています。

この違いはイスラム教やキリスト教が一神教であるが故に聖地と居所とを直線的に移動するのに対して、日本は森羅万象に神の発現を認め、複数の神仏を信仰するが故に遍路のような周回や伊勢参宮での寄り道が可能とされたのではないでしょうか。

伊勢の赤福の『赤心慶福』なる理念は、公的な福祉を受けられなかった庶民を巡礼地において「おもてなし」の心(赤心)で寛容に受け入れ、巡礼者の幸せ(福)を喜ぶ(慶)ことから来ています。

「再訪」をテーマとした旅

旅行中に「出会い」が心に残れば、必ずまたもう一度訪れたいという気持ちが起こり、かの地にもう一度行って、あの人に再会したいと強く思うようになるのです。

私は、この「再訪」の思いこそ旅する人の特権であり、旅の醍醐味かと思います。

しかし、目の前のハード(景色)は変わらずとも人のソフト面(気持ち)は変化し、再訪や再会が必ずしも幸せをもたらすとは限らず、辛く感じることもあります。

しかし、それこそが人生の旅なのです。

そして長い年月を経て故郷に帰郷し、家族や親しい者、旧友と再会して無事を確かめあい、懐かしい景色に心を打たれる瞬間に故郷への「再訪」を喜ぶのが真の旅人だと思います。

旅に生きた松尾芭蕉や松浦武四郎も旅の目的の1つは門人やアイヌ民族との再会であり、故郷の上野や松阪にもしばしば再訪しています。

「あの世」をテーマとした旅

「あの世」すなわち霊や死後の世界という概念が最初に歴史に登場したのは、古代エジプトの「死者の書」です。古代エジプトでは霊魂は死後、「バー」という鳥の姿となって肉体から飛び立ち、「あの世」の楽園アアルで永遠の生を送ると考えられていました。

今日、この「あの世」という概念は宗教的立場によって異なり、神道では海の向こうの「常世の国」と死人のいる「黄泉の国」「根の国」、仏教においては「極楽浄土」、そしてキリスト教では「天国」と「地獄」という世界です。

島根県松江市東出雲町にある黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)は、伊邪那美・伊邪那岐神話の中で現世と死者の住む他界(黄泉)との境目とされ、また大国主の神話では黄泉の国だけでなく根の国の入口もこの地にあると『古事記』に記載されています。

実際にこの黄泉(よもつ)比良坂(ひらさか)入り口に立つと「草葉の陰から」伊邪那美神が見守ってくれているような気がします。

「万葉集」をテーマとした旅

万葉時代の自然の姿は変われども、万葉人の歌心は今に伝わり、万葉故地を訪ねれば、自然への崇拝、美への感動、大地の豊かさや神々しさを汲み取った人間の息遣いが聞こえてきます。

私は学生時代に万葉集の研究に生涯をささげられた犬養孝先生の講義を聴いて、歌に旋律をつけて朗誦する「犬養節」で万葉集に関心を抱くようになりましたが、先生の説く「歌は心の音楽」という説に賛成です。

新羅征討に向かう途上に詠まれた

「熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」

という有名な額田王の歌も口語に訳さなければ、女性が詠んだ歌にもかかわらず男らしい堂々とした心意気が伝わります。

「紅葉」をテーマとした旅

一般に秋の花と言えば、楓や秋桜を連想しますが、秋は古来、黄色の花である「菊」の季節だったのです。すなわち、秋のシンボルは、紅葉や丹楓のような赤色ではなく、菊の黄色がより深い秋を象徴していたのです。

紅葉の名所ですが、私は海外ではカナダのローレンシャン高原、日本においては「大化の改新」で中臣鎌足と中大兄皇子(後の天智天皇)が話し合った談山神社が印象に残っています。

しかし、2018年は大分県中津市にある山国川の景勝地で新日本三景日本三大奇勝だけでなく、「日本遺産」にも登録された耶馬渓がお勧めです。

なぜなら、今年は「旅を生きた学問」と考え、全国各地を遍歴した江戸時代の儒学者であり文豪としても知られる、頼山陽が「耶馬渓」と命名して200年に当たるからです。

旧耶馬渓鉄道跡のサイクリングロードを自転車で走ると、頼山陽が感嘆したであろう真の「黄葉」を満喫することができます。

歌枕」をテーマとした旅

「歌枕」とは古来から歌い継がれ、能因法師西行のような昔の歌人たちと心を繋ぐ特別な場所であり、万葉集ゆかりの地も多くは歌枕の地です。

江戸時代の俳聖松尾芭蕉もその能因法師や西行の歌にあこがれ、歌枕の地を旅しては、歌枕にちなんだ俳句を詠んでいます。

『奥の細道』の冒頭には「白川の関こえんと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ…」と書かれていますが、「白河の関」は奥州三関の一つで、能因法師も

「都をば かすみとともに たちしかど 秋風ぞふく 白河の関」

と詠んだ歌枕の代表的な場所です。

松尾芭蕉が通った時も「白河の関」はみちのく(東北)地方の玄関口の代名詞でしたが、今も高校野球の優勝旗は「白河の関を越えなかった」などと東北地方(北海道)に優勝校が出なかった意味で使われたりもします。

 

「塩」をテーマとした旅

「塩」をテーマとした旅となれば、ボリビアの「ウユニ塩湖」が人気です。

ウユニ塩湖はボリビア中央西部のアルティプラーノと呼ばれる乾燥地帯にあり、アンデス山脈が隆起した際、大量の海水が山の上に残されるも、流れ出る川がなく、乾燥した気候であったために海水が干上がって広大な塩原が形成されました。

現地ではトゥヌバ山の麓に広がっていることから、学術的には「トゥヌバ塩原」と呼ばれ、高低差が100km四方でわずか50㎝しかないため「世界で最も平らな場所」でもあり、雨期に雨水で冠水するとその水が薄く広がって蒸発するまでの間、「天空の鏡」のような状態が現出します。

ウユニ塩湖の中ほどにあるサボテンが群生する「魚の島(Isla de Pescado)」の頂上から眺めると、「天空の鏡」の状態でなくても、見渡す限り真っ白な「塩原」の世界が広がり、幻想的な体験を味わうことができます。

「物語」をテーマとした旅

平成27年よりスタートした「日本遺産」は、日本各地に存在する有形無形の文化財を、その地域の歴史的魅力やわが国の伝統・文化を伝えるストーリー、すなわち「物語」として文化庁が認定する制度です。しかし「物語」にはそれを語る人、聴く人あるいは読む人の心があって、それぞれの想いがその物語の土地に繋がってこそ「物語」は旅となります。

また「物語」はたとえそれがフィクションであっても設定された舞台が実際に存在する場合も多く、その舞台を訪れて主人公の気持ちに思いを馳せるのも「物語」の旅です。

日本人であれば誰もが知っている「桃太郎」物語も平成30年に“「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~”として日本遺産に認定されました。

古代は吉備と呼ばれた岡山には、吉備津彦命(きびつひこのみこと)温羅(うら)という名の鬼を退治した伝説が残っており、岡山への「物語」の旅としては、その温羅の居城とされた鬼ノ城に登り、主人公になった気分で吉備津神社を参拝すれば、吉凶を占う「鳴釜神事」の意味も理解しやすくなります。

「高速道路」をテーマとした旅

私のドライブ旅行は、往路には高速道路を使い、目的地で十分な観光時間をとった後、復路は一般国道や旧街道をのんびり走り、途中の宿場町に立ち寄ったりもします。

今では高速道路網が全国各地に張り巡らされており、以前より目的地には早く到達できるので、帰りにほんの少し寄り道をするのです。

例えば東京から熱田神宮参拝に行くケースを考えると、往路は東名高速で一路、名古屋を目指しますが、道中は旧東海道と並走する「さった峠」付近で富士山を眺め、SAやPAでは宿場町を連想しながら走ると楽しみが増えるのです。

そして帰路には途中の音羽蒲郡ICで降りて、東海道53次の35番目の宿であった御油宿の古い街並みや東海道随一と言われる『御油の松並木』を走れば、旅の想い出も一層深まります。

この御油宿から赤坂宿までは、53次の中でも最も短い区間(2㎞弱)で、この地は東海道線の乗り入れに反対したために、結果的に昔の良き風情を今に残しているのです。

人生のほんの数時間、本来の道からそれて寄り道することにより、学べることがいっぱいあります。

「神話」をテーマとした旅

神話は事実に関係しながらも、その背後にある深い隠された意味を含む「神聖な叙述」が起源で、神々の出現、国の誕生、文化の起源などあらゆる事象が語られています。

そこで、私は堅苦しい考察はさておき、日本における記紀万葉の神話の世界は、人類の遠い記憶を訪ねる「詩」と考え、登場する神の名前やその役割などを詮索するより、神々の活躍する物語を探求する「神話の旅」をおすすめします。

そして神話の旅を始めるのであれば、やはり神々が誕生し、その天つ神がイザナキイザナミの夫婦神に国土づくり「国生み」を命じた物語からスタートです。

男神のイザナキと女神のイザナミは、聖なる矛で海をかき混ぜ、その矛先から滴り落ちた潮水が固まって島ができました。

この島がオノコロ島で、その候補地は日本各地に存在しているようですが、ある学者の見立てでは淡路島周辺の小島とされており、淡路市にある絵島もその一つとされています。

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