世界遺産旅行講座

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世界遺産を訪ねる『奥の深い細道』

成田空港が開港するまでは、海外旅行に出かける人はまだまだ限られており、海外の旅情報も今日と比べるとわずかでした。しかし、現在ではおびただしい人が海外に出て、多くの情報をもとに地球上を闊歩しています。

これらの旅体験は途方もなく巨大な文化的集積ですが、それが地球文明の未来にどのような影響を与えるのかと考えた時、その指針となるのが世界遺産かと思います。

「旅人は、自分の持っている以上のものは持ち帰れない」

と言われており、事前の予備知識もなく、しかるべき観察テーマを持たずに旅に出ても、気付きや発見は少ないのではないでしょうか。

旅を終えてから、訪れた都市の紹介番組などを見ると、無為無策の旅では得るものも少なく、もったいなかったと感じるでしょう。

そこで、世界遺産を訪ねる旅に出かける前には最低限、その訪問国に対する「知恵」を身に付けてから出かけていただきたいと考え、本講座を開設しました。

すなわち、「世界遺産の旅+知恵=人生のときめき」をコンセプトとした『奥の深い細道』世界遺産巡りの旅です。

この世界遺産旅行講座で紹介する内容は、文化遺産や自然遺産の旅情報というよりも、私が現地を訪問した際の体験に基づく所見です。

なぜなら旅情報は日々更新され、また今日では多くのガイドブックのみならず、検索すればわかることが多いからです。

しかし、旅情報が少なかった時に、多少は事前勉強をしていた私が、現地の人と触れ合って感じた感動現地で直に学んだことをお伝えすることは私にとっても意義のあることです。

同じ旅を愛する者として「世界遺産」を学びながら価値観を共有していただければ幸いです。

「世界遺産」とは

世界遺産とは地球の成り立ちと人類の歴史によって生み出された全人類が共有すべき宝物で、その内容によって①文化遺産②自然遺産③複合遺産に分類されます。

この「世界遺産旅行講座」はその世界遺産についての単なる解説ではなく、私が実際に現地に赴いてその土地に生きる人たちと交流した際に感じた感動の記録です。

「人生は出会いの歴史」であり、旅はその出会いを劇的に演出してくれます。

私の旅行人生を振り返ると、人類共通の宝物である世界遺産との出会いも印象的でしたが、それ以上に訪問地で出会った人達との交流が素敵な思い出として心に残っています。

そこで、この講座では現地の人から私が直接聞いた話をもとに、その世界遺産が登録されるに至った歴史的背景や真に守るべき大切なものは何かについてもご紹介します。

by 【平成芭蕉】

<タイトルをクリックすると解説記事があります>

エジプトの世界遺産「アブ・シンベル神殿」

アブ・シンベル神殿は古代エジプト新王国第19王朝のラムセス2世が建設した岩窟神殿で大神殿と小神殿からなり、小神殿は最愛のネフェルタリに捧げられています。
エジプトには「美人が人によっては記念碑である」ということわざがあります。
ラムセス2世は多くのモニュメントを建造しましたが、ここアブ・シンベル神殿に来ると、最愛の女性ネフェルタリこそが彼にとって真の記念碑ではないかと思われます。

 

インドの世界遺産「タージ・マハル」

タージ・マハル廟は、前庭から4本のミナレット、ドーム傍らの4つのチャトリにいたるまで完全なるシンメトリーの美を構成しています。
しかし、唯一の例外は、自分の黒大理石の廟が未完に終わったため、廟内中央にある愛妃の棺の隣にそっと置かれたシャー・ジャハン自身の棺です。
この慈悲深く愛らしい彼の棺こそが本当の文化遺産かと思います。

 

 

ウズベキスタンの世界遺産「サマルカンド」

サマルカンドはサンスクリット語のSamaryaに由来し、「人々が出会う場所」という意味がありますが、まさにここは人種のるつぼです。
日本人そっくりの蒙古系から先住民族のソグド系民族にいたるまで、様々に着飾った民族が一堂に会する光景は飽きることがありません。

 

イギリスの世界遺産「ロンドン塔」

ロンドン塔は、ロンドン観光でも人気が高く、18世紀英国文壇の大御所ジョンソン博士が「ロンドンに飽きた人は、人生に飽きた人である」と言わせたロンドンでも興味深い場所です。

 

 

フランスの世界遺産「パリのセーヌ河岸」

世界遺産に登録された「パリのセーヌ河岸」は、正確にはセーヌ河のシュリー橋からイエナ橋までの約8kmで、この中にはセーヌ右岸・左岸に加えてパリの発祥地であるシテ島やサン・ルイ島も含まれます。
ナポレオン・ボナパルトは「余は、余がかくも愛したフランスの国民に囲まれ、セーヌ河のほとりに眠りたい」という遺言を残しています。

 

 

チェコの世界遺産「チェスキークルムロフ」

ヨーロッパの地方都市の中でも最も美しい町の一つとされるのがボヘミア(チェコ)のチェスキー・クルムロフです。
オーストリアの画家エゴン・シーレは母の故郷であるこの町を好んで訪れ、風景画を何枚も描いていますが、彼ならずともスケッチしたくなるような風景や壁絵がこの町には多く存在します。

 

 

スイスの世界遺産「スイスアルプス ユングフラウ‐アレッチ」

スイスの世界遺産「スイスアルプス ユングフラウ-アレッチ」はユーラシア大陸で最も大きな氷河地帯で、ヨーロッパ最長の氷河、深さ900mの氷、9つの4000m級の山々など、最高級の自然景観です。
しかし、スイスのこの景観はここに住む人にとっては過酷な試練を課して来ました。

 

ザンビア、ジンバブエの世界遺産「ヴィクトリアの滝」

この滝は英国人探検家リヴィングストンが1850年代に発見し、当時のイギリス女王の名をとって「ヴィクトリアの滝」と命名しました。
彼はこの滝を見て大いに感銘を受け、「イギリスのいかなる物からも、この美しさを想像することはできません。ヨーロッパの人々がかつて目にしたことのないものです」と記しています。

 

 

マダガスカルの世界遺産「ツィンギ・デ・ベマラハ」

マダガスカルはドリームワークスの映画アニメで有名になりましたが、アフリカではなくモザンビーク海峡をはさんだインド洋上に浮かぶ島国で、サン・テグジュペリの「星の王子さま」に登場するバオバブや横っ飛びが特徴的なシファカやキツネザルが有名です。
そして世界遺産としては、バオバブ並木で知られるムルンダヴァの北約200kmに位置し、無数に切り立った細い石灰岩の尖塔が針山のように空に向かってそそり立つ、神秘的な「ツィンギ・デ・ベマラハ国立公園」があります。

 

中国の世界遺産「五台山」

五台山は中国の仏教聖地であるだけでなく、中国で唯一、仏教とラマ教の2つの宗教を兼ね備えた道場であるため、チベット族や内モンゴル族からも崇敬されています。
五台山は避暑地としても知られ、別名「清涼山」とも呼ばれていますが、5つの峰が聳え、その5つの峰の頂が平らで広いことから「五台」と称されています。
5峰の外側は台外と呼ばれ、五台山の中心は台内の台懐鎮です。

アルゼンチンの世界遺産「ロス・グラシアレス国立公園」

その名も「氷河」を意味するロス・グラシアレス国立公園は、アルゼンチンの世界自然遺産で、アンデス山脈の南端パタゴニアに位置する南極、グリーンランドに次ぐ世界第3の氷河群です。
中でもアルヘンティーノ湖に流れ込むペリト・モレノ氷河は、中央部で1日に約2mも移動するので「生きている氷河」と呼ばれ、気温が上がる夏には、ビルほどの高さの氷河が大きな轟音とともに一気に崩落するシーンが見られます。

 

セーシェルの世界遺産「ヴァレ・ド・メ自然保護区」

いろいろな種類の鳥達や愛らしいゾウガメ、美しい紺碧の空と海、白砂のビーチ、緑深い熱帯樹林等に囲まれ、素朴でゆったり流れる時間を満喫した後の「セイシェルの夕陽」は、本当に美しく輝きます。また、「セイシェルの夕陽」が地平線に沈んだ後の夜空には満天の星も輝き、まるで煌(きらめ)く星座の物語が聞こえてきそうな楽園がセイシェルです。

 

オーストリアの世界遺産「ザルツブルク市街の歴史地区」

今や世界中の音楽ファンがここザルツブルクに集い、その音楽祭で彼の曲を聴くと「モーツァルトが戻って来た」ように感じます。
私はザルツブルクの本当の世界遺産は、大司教の残した建造物ではなく、モーツァルトの残した永遠不滅の音楽だと思います。

 

 

アメリカの世界遺産「自由の女神像」

自由の女神と言えば、かつての日本テレビの人気番組「ニューヨークへ行きたいか」で始まるアメリカ横断ウルトラクイズで有名になりましたが、実際にはニューヨークではなく、ニュージャージー州との間の海上のリバティ島に建っています。
アメリカ横断ウルトラクイズの旅行は、私が在籍していた近畿日本ツーリスト銀座海外旅行支店で担当しており、それだけに私も「自由の女神像」には思い入れがあります。

 

タンザニアの世界遺産「セレンゲティ国立公園」

タンザニアの世界遺産「セレンゲティ国立公園」は、マサイ語で「果てしなく広がる平原」と言われるだけあって、アフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ山の裾野に広がる広大なサバンナでサファリを満喫することができます。
この国立公園では東アフリカに生息するほとんどの動物を観ることができ、数多くの草食動物とそれを追うライオンなどの肉食獣など60種類以上の哺乳動物が暮らす文字通り「野生の王国」です。

 

カンボジアの世界遺産「アンコール遺跡」

アンコール・ワットスールヤヴァルマン2世の治下、1113年から約30年かけて建立されたヒンドゥー教寺院で、王はこの寺院に王権の神格とクメール(カンボジア)文化独自の宇宙観を表現しました。
すなわち高さ60mの中央塔の周りに4基の塔を配した祠堂は世界の中心の須弥山(しゅみせん)、周壁は雄大なヒマラヤの霊峰、環濠は深く無限の大洋を象徴しています。

 

日本の世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」

花の窟(いわや)は、日本書紀に記される神々の母、イザナミノミコトの御陵であり、熊野三山の根源地として、わが国の信仰上、伊勢の神宮と共に非常に重要な神域でした。
そのため、熊野古道(伊勢路)は「伊勢へ七度、熊野へ三度」と呼ばれる信仰の道だったのです。

 

 

ハンガリーの世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラシー通り」

ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」で知られるドナウ河が、街の中央を北から南へと流れ、ブダ側とペスト側に分けており、合わせてブダペストの街が成り立っています。
西のブダ側は小高い丘に取り囲まれ、ブダ城(かつての王宮)などの歴史的建造物があり、東のペスト側は平らな地域で、商人の市場で賑わう経済的拠点でした。

 

グアテマラの世界遺産「ティカル国立公園」

ティカルはペテン一帯のマヤの都市を従える大祭祀センターとして栄え、500年頃にはメキシコのテオティワカンの影響を受けるも、そのテオティワカンが衰退した8世紀には最も輝かしい時期を迎え、「失われた世界」のピラミッドや有名な「大ジャガーの神殿」をはじめとする神殿群はすべてこの時期に造られました。

 

イタリアの世界遺産「アマルフィ海岸」

南イタリアを代表する観光地にして「世界一美しい海岸」と呼ばれるアマルフィは、ナポリの東南に位置して、周囲を断崖絶壁の海岸に囲まれ、小湾の奥の港から断崖上に向かって形成された街で、日本では織田裕二さん主演の映画「アマルフィ 女神の報酬」で有名になりました。
街の背後の丘にはレモンやオレンジの畑が広がり、海岸の広場から続く広い階段を見上げるとその先には町の象徴であるドゥオーモの金色に輝くファサードが、かつての海洋国家の威厳を示しています。

 

カナダの世界遺産「カナディアンロッキー山脈自然公園群」

この公園は山脈の東山麓にあるカナダで一番古いバンフ、三葉虫の化石バージェス頁岩で有名なヨーホー、深い針葉樹林と800を越える湖沼が美しいジャスパー、そして氷河が造り出した様々な造形美を見ることができるクートネイ4つの国立公園ブリティッシュコロンビア州にある3つの州立公園によって構成されています。

 

ミャンマーの世界遺産「ピュー古代遺跡」と世界三大仏教遺跡「パガン」

2014年に世界遺産として登録されたピュー古代遺跡は、ミャンマー初にして唯一無二の世界遺産です。ピュー族は9世紀頃までエーヤワディー川沿いに栄え、ビルマ族に滅ぼされた古代民族で、この時代に造られた仏塔の形が現代のパゴダの始まりと考えられています。

遺跡はハリン、ベイクタノ、スリ・クセトラの3都市で仏塔以外にレンガ造りの砦や灌漑施設なども残っていますが、やはり、ミャンマーの遺跡と言えば、世界三大仏教遺跡の一つであるのパガン遺跡が有名です。

ヴァティカン市国の世界遺産「サン・ピエトロ大聖堂」

荘厳なるカソリック総本山であるヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂は、聖ペトロ(イタリア語ではピエトロ)の墓の上に建てられた4世紀のバジリカ(集会堂)が起源で、キリスト教徒を味方につけて天下を取ったコンスタンティヌス大帝が寄進したとされています。

ペトロ(本名はシモン)はラテン語で「岩」を意味しますが、彼は岩のように意思も強く、統率力もあったので、イエスが「あなたは岩、私はこの岩の上に教会を建てよう。あなたに天の国の鍵を授けよう」と後事をペトロに託したのです。

ポルトガルの世界遺産「ジェロニモス修道院とベレンの塔」

日本の歴史に影響を与えたヨーロッパの国はどこかと考えた場合、多くの人は英国や鎖国時代に通称関係のあったオランダを挙げるかもしれません。

しかし、私は1543年に種子島へ漂着し、鉄砲を伝えたポルトガルこそ日本に最も影響を与えた国かと思います。もし、鉄砲伝来がなければ、戦国時代の終結も遅れ、日本の歴史も大いに違った流れになっていたことでしょう。

そこで、今回はそのポルトガル大航海時代の栄華を今に伝える世界遺産をご紹介します。ポルトガルの首都リスボン市内よりテージョ川に沿って走る市電に揺られて約30分で有名なベレンの塔のあるベレン地区に到着します。

トルコの世界遺産「イスタンブール歴史地域」

トルコ人は親日的で、間違いにも寛容なので例えば「メルハバ」と挨拶の言葉をかけるだけで、仮にその発音やアクセントが違っていても笑顔で話しかけてきます。そもそも日本人はトルコでは絶大な人気があるのです。私自身、トルコに行くと癒されるだけでなく、元気を取り戻すことができます。

その理由として宿敵ロシアを破ったとか、初代大統領のアタチュルクが日本びいきであったとか言われ、日本とトルコは中央アジアの同じ民族を祖先に持つと信じられています。

そこで今回は「ヨーロッパとアジアの架け橋」と呼ばれるビザンツ、オスマントルコ帝国の都として繁栄したイスタンブールの世界遺産をご紹介します。

オランダの世界遺産「アムステルダムの環状運河地域」

アムステルダムはその昔は小さな漁村でしたが、16~17世紀に運河が整備されると海運を活かした港湾都市として発展し、東インド会社の設立を機に世界の貿易拠点として繁栄しました。

アムステルダム旧市街は東京駅のモデルにもなった中央駅を中心に5本の運河が弧を描いており、ライチェ通りからファイゼル通りにかけてのゴールデンカーブと呼ばれる地区には、黄金時代の華麗なレンガ造りのカナルハウスが多数並んでいます。

アムステル川にかけられた橋の中でも絵になる「マヘレの跳ね橋」は、大型船の航行を可能にした17世紀創建の木造の跳ね橋で、夜のイルミネーションは必見です。

ベルギーの世界遺産「ブリュッセルのグランープラス」

ベルギーは小国でありながらフランデレン語(オランダ語)を話すフランドル地域とフランス語を話すワロン地域に二分され、ドイツ国境付近には少数ながらドイツ語地域も存在するため、言語戦争と呼ばれる対立を繰り返しながら今日に至っています。

しかし首都ブリュッセルは、首都圏地域としてフランデレン語とフランス語の両方が公用語とされ、EU本部もあるヨーロッパきっての国際都市となっています。そこで今回はベルギーの代表的な世界遺産であるブリュッセルのグラン・プラスをご紹介します。

この大広場はヴィクトル・ユーゴーが「世界で最も美しい広場」、ジャン・コクトーが「豊饒なる劇場」と称えただけあって、2年に一度の「フラワー・カーペット」というイベントでは、広場に色とりどりの花々が敷き詰められ、周囲の壮麗な建物と調和して非常に美しい劇場となります。

ルクセンブルクの世界遺産「古い街並みと要塞群」

ベルギーBelgiumネーデルランドNetherlands(オランダ)、ルクセンブルクLuxembourgの3国の頭文字をつないだベネルクスとは、本来この3国間の関税同盟協定を指す言葉でした。

1944年に調印されたこの協定は1983年以降、3国間の貿易手続きや出入国手続きの簡素化を実施し、現在の欧州連合(EU)の基礎となったのです。

この3国の中で鎖国時代に通商のあったオランダ(ネーデルランド)やベルギーは日本に馴染みがありますが、ルクセンブルクは正式にはルクセンブルク大公国と呼ばれ、ドイツ・ベルギー・フランスに隣接した深い渓谷と緑の森に覆われた小さな国です。

首都ルクセンブルク市は、渓谷の断崖城壁に囲まれた要塞都市で、街全体が世界文化遺産に指定されており、その景観は訪れた者を圧倒する荘厳な美しさです。

スペインの世界遺産「グラナダのアルハンブラ宮殿」

今日の世界遺産の中には映画や旅行記で紹介されて有名になったものが数多く存在しますが、その中でも1832年、アメリカ人作家のワシントン・アーヴィングが発表した「アルハンブラ物語」は、それまでさほど知られていなかったグラナダのアルハンブラ宮殿を広く世界に知らしめた著作として有名です。

これは彼がアルハンブラ宮殿に滞在した経験とそこにまつわる伝説や歴史を綴った紀行文ですが、読めば一度は行ってみたいと思わずにはいられない名著です。

なかでも「毎日仕事などせずにぶらぶらしている貧困家庭の人たちが、祝祭日になると精一杯の晴れ着を着て街に繰り出す」というエピソードなどは、今日のアンダルシア人の性格をも伝えており、興味深い内容です。

 

スウェーデンの世界遺産「ドロットニングホルムの王宮」

ノーベル賞授賞式はスウェーデンの首都ストックホルムのスタッドフーセット(市庁舎)で行われますが、今回はその近郊メーラレン湖に浮かぶローヴェン島に建つ世界遺産ドロットニングホルム王領地をご紹介します。

「ドロットニングホルム」はスウェーデン語で「王妃の小島」を意味しますが、これは16世紀に国王ヨハン3世が王妃のために建てた夏の離宮に始まり、17世紀末、カール10世の王妃ヘドヴィーグ・エレオノーラがスウェーデンの名建築家ニコデムス・テッシン父子に設計を依頼して完成させたフランス・バロック様式の壮麗な宮殿と庭園です。

さらにロヴィーサ・ウルリカ王妃が主となった18世紀後半には、内装がロココ様式に改装され、王妃自慢の「広東のアトリエ」で作られた陶磁器の間や図書室なども増設、シノワズリ様式の中国の城も加わり、現在の姿となりました。

イタリアの世界遺産「ヴェネツィアとその潟(ラグーン)」

ヴェネツィアはビザンティン(東ローマ)帝国分割で莫大な利益を獲得し、「ヴェニスの商人」の活躍もあって最も繁栄した共和国でした。

ヴェネツィアの中心は周囲を壮麗な建物で囲まれたサン・マルコ広場で、ナポレオンはこの広場を「屋根のない宮殿」と評したそうです。広場の東側に立つサン・マルコ大聖堂には、9世紀にアレキサンドリアから運ばれてきた福音書記者の一人聖マルコの遺骸が安置され、ヴェネツィア共和国はこの聖マルコを国の守護聖人としました。

ヴェネツィア人はカトリック教徒でしたが、商取引上ではビザンティン帝国と深い関係にあったので、サン・マルコ大聖堂ではビザンティン皇帝を首長とするギリシャ正教の影響を受けた建築様式が採用され、壁面はモザイク装飾で基本プランがギリシャ十字になっています。

ノルウェーの世界遺産「西ノルウェーのフィヨルド群」

数あるフィヨルドの中でもネーロイフィヨルドと共に世界自然遺産登録されたガイランゲルフィヨルドをご紹介します。

「ガイランゲル」とは槍のとがった先という意味があるそうですが、ガイランゲルの博物館「ノルウェー・フィヨルドセンター」の外観はまさしくフィヨルド方向を指す槍の刃先のようです。実際、ガイランゲル村はヘレシルトからのクルーズでは終着点であり、フィヨルドを槍に例えるならばその先端に位置しています。

クルーズのハイライトは標高1500m級の切り立った断崖が両側に迫り、「求婚者」が「七姉妹」に言い寄ろうとして向かい合う「セブンシスターズSeven Sisters」と呼ばれる7筋の滝と「求婚者Suitor」の滝です。

ガイドブックに紹介される多くの写真はフリーダルスユーベ展望台からの景観ですが、お勧めはガイランゲル村から7㎞離れたダルスニッバ展望台です。残念ながら今回は雪景色でしたが、この地に立つと氷河の浸食という大自然の営みを実感することができます。

タイの世界遺産「スコータイの歴史上の町と関連の歴史上の町」

タイでは生活の基本となる4つの体勢をアリヤーボット・シーと言いますが、これは人が生まれて最初の横になる体勢、第2に座る体勢、第3に立つ体勢、そして第4の歩く体勢を指し、この4つの体勢(アリヤーボット)がタイの仏陀像に反映されているのです。プラ・ノーン(横になった仏陀像)、プラ・ナン(座った仏陀像)、プラ・ユーン(立った仏陀像)、プラ・リラー(優雅に歩く仏陀像)という4大ポーズはスコータイ王朝時代に成立し、仏像はこの4大ポーズをベースに発展してきたのです。

しかし、数ある仏像の中でもやはり歩く姿の仏像が一番美しいとされ、スコータイ遺跡のワット・サスィー境内にある青銅製の釈迦遊行仏(プラ・リラー)こそがスコータイ文化のシンボルなのです。

フランスの世界遺産「モン・サン・ミシェルとその湾」

花崗岩質の岩山であるモン・サン・ミシェルは海岸から1kmほど沖に突き出ており、周囲900m、高さ76.8mの小島です。

そしてこの小島のあるサン・マロ湾はヨーロッパでも潮の干満の激しい場所として知られており、干潮時には陸続きになるものの満潮時には激しい潮の流れに囲まれ、最も大きい潮が押し寄せる満月と新月の前後には引き潮が猛烈な速度で押し寄せ、このためかつては多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落とし、「モン・サン・ミシェルに行くなら、遺書を置いて行け」という言い伝えもありました。

ブラジルの世界遺産「リオ・デ・ジャネイロ」

リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroとはポルトガル語で「1月の川」という意味ですが、これは1502年、ポルトガル人探検家がこの地グアナバラ湾に到達したのが1月で、この湾を大きな川と勘違いしたことから命名されました。

また、この街やこの街で生まれ育った人とのことを「カリオカ」と呼びますが、これは当時のポルトガル人が皆、白壁の家を建て、それらの「白い家」を先住民トゥピ族の言葉で「カリオカ」と呼んだことが由来です。

ギリシャの世界遺産「アテネのアクロポリス」

アクロポリスの丘には古代ギリシア建築を代表する4つの傑作が残っています。

ドーリア式建造物の最高峰であり、民主政アテナイの象徴としてのパルテノン神殿、壮大な大理石の柱を持つ神域への門とされるプロピュライア、イオニア式建築の代表作で6体の少女姿の柱像(カリアティード)で知られるエレクテイオン、スパルタとの戦争(ペロポネソス戦争)の勝利を祈ってアテナイの守護神であるアテナ女神を祀ったアテナ・ニケ神殿です。

オーストラリアの世界遺産「ウルル=カタ・ジュタ国立公園」

「日本のヘソ」に対して「地球のヘソ」と呼ばれるウルル(エアーズ・ロック)で有名なオーストラリアの複合遺産ウルル=カタ・ジュタ国立公園をご紹介します。

共に先住民族アボリジニの聖地であり、ウルルは西オーストラリア州にあるマウント・オーガスタに次いで世界で2番目に大きな単一の岩で、「世界の中心」という意味あいで「地球のヘソ」と呼ばれています。

 

ペルーの世界遺産「マチュピチュの歴史保護区」

マチュピチュはクスコからウルバンバ川に沿って約114kmの奥深いアンデス山中にあり、南側に連なる山々には尾根に沿うように険しいインカ道が続いています。周囲はジャングルに覆われ、麓からはその姿は見えず、空からしか存在を確認できないことから「空中都市」と呼ばれています。

自然石の上に建てられた石積みの見事な「太陽の神殿」やマチュピチュ最高点に立つ「太陽をつなぎとめる場所」を意味するインティワナ(日時計)、コンドルの石のある神殿など、多くの遺構が残るもマチュピチュは謎が多く、まさしくインカの歴史は推理です。

フランスの世界遺産「アルルのローマ遺跡とアルルの女」

「南仏に行くならアルルにしろよ。あの町には美人が多いから」とロートレックがゴッホに語ったように民族衣装に身を包んだ「アルルの女」も魅力です。

特に毎年7月の第一日曜日に開かれる「アルル衣装祭」を主宰するアルルの女王は現代の世界遺産かと思います。

なぜなら、アルルの女王はただ美しいだけではなく、華麗なプロヴァンス語を話し、乗馬もできる真にプロヴァンスを愛する女性でないとなれないからです。

ドーデの短編小説『アルルの女』を読み、ビゼーの戯曲を聞いてアルルの女王に会えば、主人公のフレデリが駆け落ちしたくなった気持ちも理解できます。

 

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